Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【龍】‐1(「契約の龍」SIDE-C)

 慟哭。
 その空間に満ちているものに名を付けるとすれば、それだろう。
 慟哭を上げているのは、この空間の中心にいる存在だ。前に来た時には、青い女の姿をしていた。青い髪、青い肌、青い服。彼女はあれからずっと泣き続けていたのだろうか?もしかするとそれ以前も、……事によると、最初の主を失った時から?
 人とは比べものにならないくらいの長い期間「在る」彼らにとって、七年くらいはついこの間、まして半年やそこらは瞬きする間、程のことなのだろうか?
 あまりのうるささに耳を塞ごうとして、そこにある「異物」の存在に気付く。そして、首元に手をやると、そこにも。ちゃんと、連れてきている事に、意を強くする。
「ねぇ?」
 思い切って声をかけてみる。…が、反応がない。まあ、これだけ泣きわめいていたら、呼びかけたくらいでは気がつかないのも仕方がないと、は思うが。
 こっちに気付いてもらわないことには話にならない。
 彼女の体の一部(だと思われる、鱗に包まれた何か)を軽く叩いてみる。…とたんに弾き飛ばされた。攻撃と見做されたのだろうか?
 まさかね。単に鬱陶しかっただけなのだろう。おそらくは。…かなりのダメージを被ったが。
「いつまで泣いていれば気が済むの?それとも、その涙が何かの役に立つとでも?」
 触れると痛い目に会うのは学習したので、体に触れないぎりぎりのところに立って声を張り上げる。
「そなた……また来たのか?」
 青い女が顔をあげ、こちらを向く。青い顔にはまった金色の目は涙に濡れているが、泣きはらした顔ではない。この姿は実体ではないからだ。
「懲りないやつだの」
 とりあえず、私の事は覚えていたようだ。
「何度でも。あなたが私の話に耳を傾けてくれるまで」
「人の子の女はすぐ嘘をつくからの。信用がならん」
 青い女が大事そうに胸に抱えていたものを、盗られてなるものか、とでも言うように改めて抱えなおす。私から隠すように。
「人の子が嘘つきなのは否定しないけど…女だけじゃないでしょ?」
「そうやもしれぬが、人の男は背の君を盗ったりはせぬからな」
 …そうとも限らないらしいけど。まあ、ユーサーの方にはそういう趣味はなかったんだろう。
「あなたの言う、「背の君」というのは、「ユーサー」という名の、人の子?」
「そうとも。妾が眠っている間に、姿が見えなくなった、愛しい…」
 青い女が滔々と自分の「背の君」がどんなにすばらしい人物であったかを語り出す。目をつける点が人間のものとは少し違うが、基本的には「惚気」だ。
「人の子の寿命が、あなたよりもはるかに短い、というのは認識している?」
「馬鹿にするでないぞ、小さな女。人の子の体が妾よりもはるかに壊れやすい事だって知っておる。どれだけ妾がユーサーが損なわれぬように、心を砕いたか知っておるか?」
「知らないし、知る気もない。あなたのやり方を私が真似できるわけじゃないから」
 青い女が気色ばむ。
「でも、あなたのおかげでユーサーがとても長生きだった、というのは、知ってる。ユーサーがそれを感謝していたかどうかは、私にはわからないけど」
「感謝?」
 意外な事を聞いた、というような顔でこちらを見る。
「そのような事をされたい訳ではない。妾が背の君とともにありたい、と願ったから、そのようにしたまでの事」
 どうやら私の言いたかった事は伝わらなかったようだ。
 自分の知っている人が、どんどん自分の周りから失われていくというのは…人にとって辛いものである、という認識は、この存在には無いようだ。
「では、ユーサーは人の世から失われてしまった、というのもご存知よね?人の子の時間で、随分と以前に」
 姿が見えなくなった、という認識はあるのだから、世界から消滅した、と思ってもよさそうなものなのに。
「失われてはおらぬ。ユーサーの一部を持つ者たちを、妾が保護しておる故」
 …なるほど。「幻獣の継承」というのは、彼らにとっては、そういう面があるのか。
 そして、私も、その「ユーサーの一部」を持っている、と?
「だから、ほれ、このように…」
「それはユーサーではありません。たとえそれが、あなたが知っているユーサーとよく似た姿をして、ユーサーとよく似た魂を持っていても」
「信じられぬ。この者の姿も魂も、ユーサーそのものだというのに」
 ユーサーそのもの。
 そうか。そんなに似て見えるのか、この女の目には。
 だが。
「ならばお訊ねしますが、その人が生まれてこの方、「ユーサー」と呼んで応えがあった事がありますか?」
「…いや…試してみた事も無い。…だが」
「現に今も、何回呼びかけても応えが無いでしょう?」
「それは……この者が心を鎖しているから、ではないのか?」
「おそらくはそうなのでしょうが…」
 それは、彼がこのような状態になっている原因、であって、呼びかけに応えない理由ではない。
「誤った呼びかけでは鎖された中には届かないかと思います」

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