Nicotto Town


人生カカト落とし


三度、妖精の舞う空へ

『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』をはじめとする、神林長平作品についてすこし。
読んだのは結構前なんだけど、こんな機会にでも書いてしまわないと、思い入れがありすぎて書きづらいので。

『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』の帯に「神林長平デビュー30周年記念作品」の文字があった。
そのうち二十数年、こっちの人生の半分よりはるか長いこと、この作家さんのファンを続けていたりする。
この人の出身校長岡高専を、ロボコン高専大会を見ていると、つい応援してしまう。
ハードカバーで出た段階で本を買う、数少ない対象のひとりだ。

神林長平を知ったのは、やはり雪風、活字ではなく耳から入ってきた。
NHKのラジオSFコーナーで放送された「騎士の価値を問うな」を偶然途中から聞いた。
無人攻撃システムとの模擬戦闘を押しつけられた偵察機パイロットが感じた疑念に、肌が粟立つようなうそ寒い印象があった。
雪風、フェアリィ、スーパーシルフ、深井零中尉……作中の語句が記憶に染みついた。

一年後くらいか、『戦闘妖精・雪風』の評が新聞に載った(マキャフリィの『歌う船』と一緒に取り上げられていたと思う)。
これだ、とすぐ気付き、読んで、痺れた。
いわゆる「無印雪風」(これに加筆改訂が入ったのが『戦闘妖精・雪風〈改〉』、ストーリー的には差がなく、どちらにせよシリーズ一作目)。
硬質な、乾いた文体。愛機のみを信じるパイロットと、正体の見えぬ敵との闘い、徐々に見える真実、そして鮮烈なラスト。

神林の作品としては、雪風一冊目は、実は結構異質に見える作品じゃないだろうか。
ソリッドな文体は普段の神林節とくらべかなり制御されたものだし、テーマの見え方も控えめだ。
しかし「見える」と書いたように、他の作品も読むうちに、この作者の常に追っているテーマが底にある作品だったと気付いた。
世界が自分が感じている現実と異なるのではないかという疑念、他者とのコミュニケーション、ツールとしての言葉。

神林は、ある意味、いつも同じことを書いている作家だ。
題材が変わっても、根にあるテーマは変わらない。
ただ、その追い方、展開が、変化・深化していっている。

テーマもだが、ファンに神林節と呼ばれる文体も、リズム、言葉の選び方、ネーミングセンスまで、独特で好みにあう。
過去アニメ化された『敵は海賊・猫たちの饗宴』は、雪風のアニメと違い、とりあえず面白く見られる出来ではあったけど、アクションやドタバタ込みのコメディも、上手い人が書くなら文章でも映像よりテンポ良く、鮮やかにかけるんだ、と感じて愕然とした。

『雪風』の後、出でいる本を片端から読んで、単行本として商業出版された本は、一応一揃い手許にある。
傍目にみれば、熱心なファン、なのだろう、多分。

なので、アニメ化された『戦闘妖精雪風』は、我慢できない出来だった。
(というか、ファンでなくても既読者は呆れていることが多い。OVA一巻目が出た後、友人間をメール・電話が駆け巡った)
原作読んでいない人が褒めてることもあるのだが、ほぼ必ず「よく解らなかった」と一緒に書かれている。
要は脚本からマズいのだが、褒めてる人、ストーリーの展開から意味不明で平気なんだろうか?
「製作会社潰れっちまえ!」とうめいた憶えがある。
(その後本当に、まぁなるようになってしまったらしいのだが、この後も面白い原作を駄作アニメにしてたりしたせいで、言霊の責任とってわたしが自分の埋まる穴を掘る必要はない。と思いたい)

ただ、そのアニメのせいで気付いたが、見ようによっては、雪風は怖ろしく地味な話なのだ(女性キャラはいるが色恋的なものはなし)。
それに気付かなかったほど、物語はスリリングで面白かった。

雪風が日本SF最高の美姫と呼ばれているのを見たこともあるが、主人公深井零が男性であるから、他者であるという意味で女性扱いで言及されているだけだ。
女性どころか人間でさえなく、雪風はあくまで異質なものとして、安易な擬人化を拒んで存在する。

二冊目の『グッドラック 戦闘妖精・雪風』では、本来理解し合えないだろう存在同士が生存のため共闘する必要性から、行動と、言葉という細い紐帯により共生を図る。
零と雪風の関係をエディスがちと恥ずかしい言葉で評したことより、むしろ零が雪風を他者として認めるシーンで鳥肌がたった。

そして今回『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』は、どう書いていいかわからない、アニメの存在をうけて「ぜったい映像化できないものを書く」旨発言していた作者が突っ走った、思弁小説の趣がある。
前二冊を読んでいて、その上で前二冊とは肝所がちがう、テーマを追いかける話だ。
好きな人にはたまらなく面白い、でも正直万人向けとは言いづらい作品になっている。

最終シーン、世界を貫いて飛ぶ雪風の姿が、弓打ちの音のように、破魔の矢のように鮮やかだ。

これより後の雪風の飛翔も見たい。

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2010/02/12 23:41
まりえるさん
おぉ、ここに先輩読者様が……
かのアニメ、堺雅人さんがお好きなら、なおさら見ない方よろしいかと。
アレ、キャストは特筆に値すると思います。ただ、芝居の付け方がヘンです。
零が莫迦な不良少年みたいで、ブッカー少佐がオロオロするその保護司のよう。
一緒に見た友人が「キモチ悪い」と発言したほど、絶対的に脚本がどーしよーもない。
声のキャストさんたちが気の毒になるようなありさまでした。
堺さんと中田さんなら、原作どおりの、乾いた、でもどこか通じているところのある零とジャックのやりとりも可能だったろうに、ととても残念です。

ぢょほほんさん
悪評を口にしてたうちのひとりでございますw
雪風はアニメ化されたことなんかないぜ、と言いたい! なかったことにしたい!
あれは逝き風邪です、『戦闘妖精・雪風』じゃありません!(ぜえぜえ……)
アニメの『ゲド戦記』とこのアニメが、二大「いい原作をどーしょーもなくしたアニメ」だと思ってます。
いやもう、人の名や、展開を半端になぞっているのがなおさら腹立たしい。

原作は、少なくとも一冊目は、戦闘機だの空戦だのが苦手でない人には面白いのではないかと。
てか、『アイゼンフリューゲル』が面白かったのなら、最初の一冊は間違いなくお薦めです。
(『アイゼンフリューゲル』の虚淵は、神林長平のわりと熱心な読者みたいですし)
得体の知れない敵、つかめない状況の中、「味方を見殺しにしても絶対に帰還せよ」が至上命令の部隊に属するパイロットの見る光景…… 興味ありません?

山鳥さん
SF読む人なら、とりあえず一冊目は面白く読めるのではないかと。
後の巻になるほど思弁小説の色が濃くなるので、好みに合わないという人の気分が解らなくもなかったり。
一冊目はむしろ敵海の海賊版あたりよりストレートだったと思います。
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2010/02/12 09:02
雪風読んでないんですよね
敵は海賊のほうは読んでいるんですが・・・
アバター
2010/02/11 10:27
原作は未読ですが、アニメは評判がイマイチところかイマ五十くらいだったので、全然観てません。
やっぱり原作のほうがいいのですか・・・。

こういうことがあると、アニメ化も良し悪しあるよなーって考えちゃいますよね。
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2010/02/11 09:10
……すかさはさん。神林さんもフォローなさってましたか……
なんかもう凄すぎて言葉が出ないわ^^;
まりえるはデビュー当時から神林さんを読んでいる一人です。
(ファン……ではないような、一番すきなのが蒼いくちづけだしw)

雪風のアニメは堺雅人さんが零をやっていると言うだけで見ようと思っていますw
だけど、あんまり期待しないでおこうと思いました。
傷は浅いほうがいいですものね



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