Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(156)

 クラウディアが戻ってきたのは、ちょっと、どころではない時間がたってからだった。悪びれもなく食事などを持参して戻ってきたので、抗議する気も失せた。
 「…それで、調査に大きな進展があったんですか?」
 誘拐だか拉致だかされて、現在はミードにいる、と思われる――マーカーが付けてあるので判るのだそうだ――彼女の夫を取り戻すための調査、だ。クリスは、居所が判ってるならさっさと連れ戻しに行けばいいのに、と言っていたが、それでは済まされないのだろう。
 「まあ…ね。「誰が」っていうのが見当ついたぐらいだけどね。……ミードはうちよりいくらかあったかいとこだけど、何しろあのひと虚弱だから」
 さじを口に運びながらしみじみ口にする、「あのひと」という言葉の言い方が甘くて、今までのこの人の印象からすると、ちょっと意外な感じだ。
 「……ひとつお聞きしたいんですけど……何でその虚弱な方が、寒さの厳しい処に行こうって思われたんでしょうか?」
 「何で、って……」
 クラウディアがはにかんだ、ような気がした。そういえば、「鬱陶しいほど仲が良い」とクリスが言ってたっけ。
 「私が決めた訳じゃないから、判らないわよ。知りたかったら、いつか自分で聞けばいいじゃないの」
 ちょっと慌てた口調でクラウディアが言う。ぬけぬけと「愛があるから」とか言いそうな気がしてたのに、意外だ。
 「そうですね。…それには無事に取り返さないと」
 「当たり前の事は言わないの。……無事に返さなかったら、どうしてくれよう」
 低い声でつぶやく「どうしてくれよう」が妙な迫力に満ちていて、この人は敵に回さない方が良い、と思わせるものがある。
 「…それで、今日はどうするの?部屋に戻る?それともこの子の寝顔を見て過ごす?」
 「そういう言い方は……」やめてください、とむきになると余計にからかわれる、と思ったので、抗議はこらえる。「…あなたはどうされていたんですか?夜間は」
 「私?私は部屋に戻ってたわよ。せっかく寝心地のいいベッドが用意されているんだもの。もちろんこっちには見張りを置いて」
 「…置いて?」
 クラウディアがおもむろに立ち上がって空中に手を差し伸べる。すると、どこからともなく、優美な冠羽と長い尾羽を持った金色の鳥が現れ、クラウディアの腕に止まる。
 「重いからもう少し小さくなって」
 とクラウディアがこぼすと、鳥は不満そうに一声鳴いてから羽ばたき、スズメほどの大きさの姿に変わった。何か譲れないものでもあるのか、尾羽の長さはそのままだが。
 「…幻獣、ですよね?」
 「ファンよ」
 それは種族名なのか個体名なのか、と訊こうとしたら、件の鳥が口を開いた。
 『重い、とは失礼な。他人に紹介されるというのに仮の姿では失礼だろうと思ったまでなのに』
 「うわ、…しゃべった」
 ものやわらかな、しかし不平がましい口調だ。ただしゃべるだけでなく、そんな細かい感情を表現できるとは、器用な。
 『アナタのところの不定形生物がしゃべるんだから、ワタシがしゃべっておかしい事はないでしょう?』
 しかも、主に似たのか、もともとの性質かは知らないが、小さいくせに気が強い。あ、小さいのは「仮の姿」だからか。
 「……言葉を使う幻獣がいるのは知ってるけど……伝達方法がそれとは違うし」
 知る限りで、一番幻獣らしい、クリスの「ポチ」はしゃべらないし。
 『それはワタシの能力が抜きんでて…』
 「鳥の発音器官が、獣のよりも人の言葉に向いている、ってだけだろうが。誇らしげに言う事でもないでしょ」
 胸を膨らませる小鳥の頭を、クラウディアが指先でつつく。
 「…とにかく、そのヒトが、夜間は見張りに就いてるんですね?」
 鳥なのに、夜間の行動は大丈夫なのか、という疑問は抑え込んだ。幻獣の習性や生態が、見た目通りではないのは、よくある事だ。…習った事によれば。
 「クリスは、幻獣が『金瞳』に襲われるのを危惧してましたが」
 「根こそぎ「力」を搾り取られるのでなければ大丈夫よ。それにこの子、こう見えても素早いし」
 小鳥――に見える姿をした幻獣――が誇らしげに胸を膨らませる。
 「だけど今のところ、そういう事態にはなってないわね。…クリスが向こうへ行ってるせいかしらね?」
 クリスが『龍』の栄養にされているかもしれない、という想像はちょっと耐えがたいものがある。だが。
 クリスの「力」が食われているなら、補充すればいい。…というか、外からはそれしかできないが。
 「…でしたら、すみませんが今夜のところは休ませてもらいたいです」
 そのためには、こちらがしっかり休まないと。
 「クリスの様子も確認できたし」
 ちょうど食べ終わった食器を片付けながらそう言うと、クラウディアがあからさまにがっかりした顔になった。
 「そーお?じゃあ、ゆっくり休んどいてね。…明日からはこき使ってあげるから」

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