Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【卒業祝い】(1)

 その決心をしてから、毎日カレンダーを睨んでいるような気がする。

 人伝に、あの人が学院を去る日が決まった、と聞いた。母が連絡してきた、『道を開ける事ができる日』と同じなのは偶然だろう。だが、その偶然が、私の背中を強く押した。

「無事のご卒業、おめでとうございます」
 寮の談話室で、一人寛いでいるところを狙って声をかける。
「ん?…ああ、どうもありが」
 声をかけてきたのが私だと判ると、あの人は驚いて目を丸くした。驚きのあまり座りなおしたくらいだ。
「……いったいどういう風の吹きまわしだ?君の方から話しかけてくるなんて。…それとも、何かの皮肉かな?」
「皮肉なんて言っていません。卒業したら、こうやって気軽に話したりはできなくなるんだな、って思ったら……それとも、私に祝われるのは迷惑ですか?」
「いや、迷惑だなどとは思ってないが…」
 そして何かに思い当たったように口調を改める。
「そういえば、君の方も無事、卒業だったね。おめでとう」
「…ありがとうございます」
「まあ、君の方は順当だったから、卒業できないなんて心配はなかったんだろうけど。置いていかれずに済んでよかった」
「色々な方のご支援があったからですわ。…殿下も含めて」
 あの人の表情が少し曇る。
「その、『殿下』っていうのはやめてくれって言ったはずだが?何度も」
 だって、自分で言い聞かせておかないと、歯止めが利かなくなる。
「私が何と呼ぼうが、あなたが殿下であるのは変わらない訳ですし。実際、明日、ご実家にお戻りになったらもう、『殿下』としか呼べなくなるのでしょう?」
「あーわかったわかった。いちいち理由を持ち出さなくてもいい。
 手を上げて言葉を遮られる。呼び名の事で言い争うつもりなんかなかったのに。
「だが、一度くらいは名前で呼んでくれてもいいと思わないか?」
「…わかりました。アドルフ・ゲオルギウス・ゲオルギア様」
「君、他の人もフルネーム呼びだったか?」
「一度そうやって呼べば、大抵の人は何と呼べばいいか教えてくださいます」
「なるほどね。最初にそうやって呼び方を指定しておけばよかったのか。今度そういう機会があった時のために覚えておこう」
 そんな機会なんて、もう無いと思う。
「…それで?何か用でもあるの?」
 用、はある。でもそれは、なかなか口には出しにくい。
「……私も明日、帰る事になりましたので。…親しくお話しできるのも、これが最後かと思いまして」
「また、ずいぶんと急だな。支度はできてるのか?」
「だいたいは。もともと、そうたくさんの荷物を持ってきている訳でもないし。…一番かさばってた荷物は、こうだし」
 ポケットから「ちびちゃん」を封じた呪符を出して見せる。
「……じゃあ、荷物にはいくらか余裕があるんだな?」
「ええと……代わりに本とかノートとか入れたので、それほどは」
 何を言いだそうというんだろう?この人は。
「小さいものなら、まだ入るかな?」
「……たぶん」
「じゃあ、約束の卒業祝いをあげよう」
「約束?」
 そんなもの、したっけ?
「あいにく部屋に置いてあるんだが…来るか?」
 心臓が跳ね上がる。どうやって部屋の場所を聞き出そうかと思っていたのに。
「お邪魔しても…よろしいでしょうか?」

 王族の部屋にしては、こざっぱりとした内装だな。そう思って改めて見回してみて、この部屋が『拡張』されていないのに気付いた。もしかしたら戻したのかもしれないが。
「何をきょろきょろしている?」
「あ…いえ、思ったよりも普通の部屋だな、と思って」
「改装するほどの魔力には恵まれなかったのでね」
 肩を竦めて苦笑する。
「……あ。…お気を悪くされたのなら、すみません」
「謝るような事でもなかろう?事実なんだから」
 言いながら机の中を探る。明日帰るという割には机周りは片付いていないように見える。
「…お。あったあった」
 あちこちの引き出しを探って、何か小さなものを取り出す。
「あの…差し出がましいとは思うんですが、殿下のお部屋の片づけは、いったい…」
「手を出して」
「え?」
「手を、出す」
 ひどく真剣な面持ちに気押されて手を出してしまう。すると、手のひらの上に小さな何かが落ちてくる。
「…指輪?」
 それは小さな金の指輪だった。よく見てみると、見覚えのある何かの形を模しているように見える。
「…ちびちゃん、ですか?これは」
「そう見えないんだったら、作り直した方がいいだろうな」
「いえ、ちゃんと見えますが…」
 …作り直す…?確か、学院には実習用の金属工房があるけど…
「まさか、これ、殿下のお手作り、なのでしょうか?」
「いけないか?…本当はこちらを渡したかったんだが、辞退されるのは目に見えているからな」
 そう言いながら差し出された手の上には小さな箱があった。彼が開けて見せたその中には、やはり金の指輪が。指の甲に当たる面には、何かの目を模した意匠がついている。『金瞳』だろう。

#日記広場:自作小説

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2010/03/21 07:32
長いお話を無事完結させた後で、今回はタイトルからすると季節が限定されそうなので、
短編になるのでしょうか。
続きを楽しみに待ちます。



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