「愛と椿と骸のお話」
- カテゴリ:自作小説
- 2010/03/21 15:15:15
「私は椿の花が怖くてしょうがないのだよ」
「おやおや、どうしてですか」
ほんの少しの雪が積もった赤い番傘を清太郎は片手に、誰に言うでもなく呟く。彼の妻である紫はしとやかに答えながら、夫の見つめる先に焦点を合わせた。どこまでも真白な雪の中、椿の木が新緑の葉と真紅の花を惜しみなく、枝に纏わせ寒空の下晒している。
「見たまえ。墜ちた椿の花は、ちょん切られた人の首に似ている」
目線を下げれば、先刻命尽きたのか。雪をかぶらぬ花がぽつんと。紅色を白銀の上に広げている。
「それはそうでしょう。何せ此の花は、首切り花、なのですから」
潰れた蛙でも見たかのように、清太郎は顔を歪める。それとは対照的に、紫はうふふ、と。さもおかしそうに、黒い着物の袖口を口元に運んだ。それはそれは、上品に。
「だからだ。だからこそ、まるで未来の私の屍を見るようで、恐ろしいのだよ」
「あら清太郎さん。貴方は、首と躰二つに分かれて死に晒すのですか?」
「ああ。私は、自分が此の下らない社会に首を締めあげられ、終いには真っ二つに裂けてしまうんじゃないかと常々思っているよ」
空いた手で拳を作り。眉を寄せ、苦しそうに胸の内を明かす清太郎。しばしその苦痛に満ちた顔を見つめた後、紫はするりとその横を抜け、小雪舞うなか赤い死骸を拾い上げた。
「見てくださいまし」
それをそっと髪に差し。紫は目を細めながら振り向いた。整えられた漆黒の艶髪に、気品ある椿はよく似合う。たとえ、それが不吉な花だとしても。
「此の花は、死んでも尚美しゅうございます。それと同様に、首を失ったあなた様の死も、大層美しい事でしょう。だから、怖がる事は無いのです」
例え貴方が物言わぬ骸となっても。
「御安心を。わたくしめは、清太郎さんのお傍にずっとおりますわ」
自分は愛し続けると。粉雪を髪に、肩にのせながら。伴侶は告げた。
「そうか。それは有り難い。これで私は、自分の死に恐怖しなくて済むね」
「ええ、そうですわ」
「では、帰ろうか」
「はい」
傘下に戻りつつ。紫は花を自分から引き抜き、戸惑いなく積雪の上に放る。音もなく落下したそれは。やはり、誰かの首を思わせた。
オチなしイミなしヤマなし。
椿=首切り花
骸=首の無い死体
を繋げたいと思った結果がこれ^p^