【卒業祝い】(3)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/03/26 09:03:59
「受け取れない、と言うならば、その理由が聞きたい。納得がいくような」
唇の感触で跳ねまわる心臓を射抜くような目が向けられる。この状態で人を納得させるような説明なんて…どうやって組み立てればいい?
「……一言で申し上げれば、私にも背負うべきものがあるから、ですわ」
この説明で解ってもらえるだろうか?
「その、『背負うべきもの』が何か、というのは、教えてもらえないのか?…他人に教えると差し支えがあるようなものなのか?」
「そんな事は、無い、と思いますが…なんと説明したらいいか…」
………だめだ。考えがまとまらない。こんなふうに見つめられていては。
「…すみません。どうやって説明したらいいのか、考えがまとまらなくて…作業をしながらでもいいですか?」
「……は?」
目の前の真剣な表情が、瞬時に間の抜けたものに変わる。
「……君は…作業をしながらの方が、考えがまとめやすい、のか?」
妙な事を聞いた、と言わんばかりだ。
「……変、ですか?」
「いや、…考え事をする時の癖、というのは、人それぞれだから」
それから、長い溜め息をついてから、私の肩を押して机の前まで連れて行く。そしてその前でかがんで引き出し(のあった場所)の奥を指さす。
「ほら、あれ。何か細長い、白っぽいものがあるだろう?」
言われて覗きこむと、確かに、奥の方に何か細長い物が見える。……それ以外にもたくさん、細かい物が落ちているようだが。机は奥行きがあるので、手を突っ込んだだけでは届かないのだろう。あの肩幅では、中に頭を突っ込むなんてできそうにないし。
「解りました。では、殿下はあちらをお願いします」
私の育った森には、『門』と呼ばれる空間のゆがみがある。人為的に造られたものか、あるいは自然にできた物かは判らないが、魔法である程度状態をコントロールできる。
『門』をコントロールするための魔法は、代々、母親から子どもに伝えられる。具体的に伝授する方法は、私には判らないが。でも、その一部は、確かに受け継いでいる、と判る。
時々、大型の幻獣が『門』から現れる事がある。そういう時には、周辺が荒れるので、『門』の状態を調整しなければならない。
ごく稀に、もっと大きな幻獣が『門』を無理やり通ろうとするので、壊されないようにこちら側から強制的に、しっかりと鎖さないといけない。
「…ちょっと待て。『幻獣』っていうのは、全部、その、『門』の向こうから来るのか?」
「全部、という事はないと思いますが……いちいち『門』を出入りする幻獣を記録している訳でもないし」
「…そうか」
「とにかく、その『門』の管理を、母から引き継がなければならないので、こちらに残る事はできないのです」
引き出しの穴から引きずり出した物のほこりを払いながらそう言った。…納得してもらえただろうか?
中に落ちていた物はメモや手紙などの紙類やこまごまとした文房具、小さなボタンなどだったが、問題の『白っぽくて細長い物』はなかなか手ごわかった。これは、もしかしたら、『うっかり落としてしまった物』ではなくて『隠してある物』なのではないだろうか?しかも、こうやって改めて見ると、なかなか年季が入っている。
「…これは、殿下の落し物ではなさそうですね」
「ああ、見覚えはないな。もしかしたら、以前の持ち主か…それ以前の物かもしれんな」
それは、しっかりと巻かれて、蝋で封じられた紙のようだった。一枚なのか、何枚もあるのか、は判らない。
「危なそうな魔法の気配は感じられませんが……開けてみてもいいでしょうか?」
というより、どんな魔法の気配もない。魔法使いがいじった物なら、多かれ少なかれ、何らかの痕跡は残るのに。
「そうだな。廃棄するにしろ、元の持ち主に戻すにしろ、開けてみない事にはな」
慎重に蝋をはがし、中から紙を取り出す。埃まみれの手が気になったので、手の甲で挟んで、机の上に落とす。
「…すみません。洗面所をお借りしていいでしょうか?…この手で触ったら汚しそうですので」
手のひらを示してそう言うと、
「…ああ、いつでもどうぞ。隣は空きだから、他人に見られる虞はないから」と返事があった。
「…空き?」
「そういうしきたりになってるらしいな。よほど学生数が多くない限り」
なるほど、と言いそうになって慌てて言葉を呑みこんだ。
手を洗って戻ってくると、部屋の中はそこそこ片付いていた。引き出しは元に戻され、窓も閉まっている。
机の上に置いた物を、慎重に広げる。どうやら一枚ではなくて、何枚かあるようだ。
数えてみると、全部で六枚ある。が、外側の一枚は、どうやら『包装紙』だ。残りの五枚にはどれも短い文章が、美しい、とは言えないが丁寧な文字で書き連ねられている。
「何だろ?……呪文、……じゃなさそうだし…」