冬の朝顔 佐奈 3
- カテゴリ:自作小説
- 2010/05/04 21:43:00
あの後、どう時間を過ごしたのか、佐奈の記憶はあいまいだ。
タクシーをひろって、繁華街へでた。
目に付いた映画館で映画を見た。内容はさっぱり覚えていない。
とにかく、一人になりたかった。
映画館の暗闇は、泣き顔を優しく隠してくれた。
何軒もの居酒屋をはしごして、自宅へ帰り着いたのは真夜中だった。
そのまま、倒れこむように眠ってしまった。
眠って眠って起きたのが、12時過ぎ。
無断早退と無断欠勤、こんな事は入社以来初めてだった。
職場放棄をして行方不明になっているから、大騒ぎになっているはずだ。
なのに、会社からは誰も訪ねてこない。
(どうせ、会社にとって、私の存在はこんなもんなんやわ)
佐奈の携帯は着信履歴と、メールの数がありえないほどになっていた。
全部、同僚の事務社員からだろう。
昨夜のうちに、電話のコードは引き抜いてしまったからこちらは静かなものだ。
佐奈は携帯の電源も切ってしまった。
メールの確認すらする気がしなかった。
「はあ、ほんま、どうでもええわ」
頭が痛むし、喉が異常に渇く。気分も優れない。
たくさんお酒を飲みすぎたから、胃も痛む。
最初思っていたよりも、強烈な二日酔いだ。
服を片付けたあと、まず水分を取ろうと考えて、佐奈は冷蔵庫の方に歩み寄った。
胃が痛むからポカリよりも牛乳を飲んだほうがいい、そう考えて冷蔵庫のドアに手をかけたとき、
それがふわりと佐奈の目前に舞い落ちてきた。
それは一枚の葉書だった。
一昨日、郵便受けに入っていたものだ。
内容を確かめもせず、冷蔵庫のドアにマグネットで留めていた葉書だ。
反射的に受け止めて、佐奈は表書きを見つめた。
一瞬、どきりとした。時が止まるかとも思った。
見覚えのある字だった。
右上がりのやや丸みを帯びた字は、自分から音信不通を貫く親友、松村珠生のものだった。
「珠生?」
『冬に咲く朝顔ってかっこええやん!私もそんなんになりたいわ』
まるで耳元でささやかれたような気がして、佐奈は後ろを振り返った。
誰もいるはずはないのに、誰かが立っているような気がした。
「珠生なん?」
答えがあるはずはない。
珠生がいるのは東京の空の下だ。
震える手で葉書を裏返すと、青紫の小さな花の写真がプリントされ、一言だけ書き添えられていた。
『冬の朝顔』と。
プリントされた花は、確かに朝顔の花だった。
夏に咲く鮮やかな朝顔と比べると、小さくて儚げな花だけど間違いなく朝顔だ。
花の後ろに写っている葉や茎は、ところどころ枯れている。
それでも、朝顔の花は力強く咲いていた。
小さな花だけど、間違いなく冬の朝顔だ。
「珠生、連絡くれたってことは、夢がかなったん?」
貴重な宝物を持つように、佐奈は葉書を両手で握りしめた。
彼女に会いたいと、素直に思えた。
佐奈にとって今は、精神的に最も落ち込んでいる時だ。
この時、このタイミングでこの葉書が降ってきたのは、きっと何かの徴に違いない。
佐奈にはそう感じられた。
佐奈は葉書を握り締めたまま、その場に立ち尽くした。
涙が一筋、頬をつたって朝顔の花に降り注いだ。
幾度もなるインターホンの音に佐奈が気付いたのは、しばらくしてからだった。
このお話も続きます。
北の少年よりは短いけど、ご贔屓に^^
素敵な話だね~♪
そしてバカ部長も遂に悔い改める日がやってきたよねw
咲きました。
3人、それぞれの花が咲く予定です。
誰がきたの??