小さな光
- カテゴリ:人生
- 2010/05/07 01:08:58
気持ちを静めようと
お経を読んでみました
音読ではなく黙読で
摩訶般若波羅密多心経(注釈付き)
わたしは特に信仰深いわけでもありませんが
宗教には興味があり
いろんな本読みました
正法眼蔵 嘆異抄 聖書 宗派問わず読みます
理解できないことたくさんありますが
わけがわからないまま読んでます
宗教は哲学の一種だとおもいます
本来生きる支えであるべきものが
だんだん時を経るにつれて
時には人を支配しようとしている事があります
どの宗教も本来は人を脅すようなことはい言っていないし書いてもいません
行儀良くしなさいみたいなことは書いていますが
死=宗教ではありません
人から人へと伝わるうちに
伝言ゲームみたいに変わってしまったのかなと思います
都合のいいように変えられて・・・
お経というと
お葬式を連想する人もいるかもしれませんが
生きている人に役に立つことたくさん書いてあります
色即是空 空即是色
失くなりもせず 増えもせず
よろこびもなく 悲しみもなく
よごれもせず きれいにもならず
生まれもせず 死にもしない
みることも きくことも あじわうことも さわることも
きまりごとも
苦しみも その原因もない
知恵もなく 悟りもない
すべてのものがひとつであって
形を変えているだけ
なにも得るところがないから
妨げるものがなく自由である
迷いも執着もなくなる
勝手な解釈があるかもしれませんが
ご了承ください
ずっと昔は無だった
あるときかぎりなくゼロに近い小さな光?が生まれ
その小さな光は限りないエネルギーをもっており
あるときそれが爆発しどんどんひろがって
宇宙や生命を形成していった
わたしたちは皆その小さな光に所属していました
原子が形を変え
思いをもつようになりました
執着をもつようになりました
怒りをもつようになりました
苦しむようになりました
人を助けたいと思うようになりました
世の中の役に立ちたいと思うようになりました
愛されたいと思うようになりました
愛するようになりました
生まれた意味もわからず
わたしは生きています
大切なものができました
ずっとあったのかもしれません
わたしも何千年先 何万年先
形を変えてどこかにいるのでしょうか
素敵なものになっていたら幸せです


























わたしも文にして初めてわかったような・・・わからないような
その日によってもとらえ方が違うんですね(笑)
笙女さんへ
ずっと昔からあって今も生きているものって
ほんとにすごいです
ぱうらさんへ
素敵な光でありますように・・・
紫草さんへ
子どもらと一緒に仏壇に手を合わせるときは
その日あった事実だけ報告しています
ご飯を食べに行きました などと
そして 最後にありがとうございました
と言っています
お経は落ち着きますね
諒さんへ
ありがとうございます(*´ー`*)
写経いいですね 挑戦してみようかな
天台宗というと絵画的な印象があります イメージで話してすいません
詳しく知らないので 勉強して出直します
季亜羅さんへ
本来 幸せにするものが妨げになってるときもありますもんね
それを強要に近い形で人に押し付けるのもおかしな話で・・・
大勢のうち誰か一人でもかけていたら今の私がいないでしょうし
この先も違ってきている・・・考えると不思議な話ですね
あっきーさんへ
わたしも無信仰ものです
すべてはひとつという実感ができる
そういう瞬間がいつかくる と思ってがんばっています
みんなまるごと素敵なものになっているといいですね♪
つくよみさんへ
極端な話 信仰は小脇に抱えるくらいがちょうどいいのかもしれません
こんなことを言うと怒る人たくさんいるかもしれませんが・・・
いつもありがとうございます
自分勝手な解釈してしまっている人も多いような気がします
依存しすぎて盲信になる人もいて
そういう人の心を利用する人たちも出てきてしまいますね
ココロの痛み、抑えがたい感情、迷い等など・・・・。何かにすがり、導いて欲しい時があって当然ですよね。
私は無信仰もので、種類ぐらいしか知らない無知な奴ですが、私達一人ひとりが太古の昔より受け継がれた遺伝子を持ち、一瞬の瞬きの後に次の世代へと受け継いで行き、繰り返し繰り返し、地球が滅びるその日まで伝えられていく、その壮大な時の経過を考えたりする時に、自然と多くの宗教の言わんとしている原則が一つとなり一つはすべてとなり、数多の奇跡や神々の存在を自身の内に感じることが出来るのではないかと、そんなことをボンヤリ考える事があります。 千さんは未来もきっと素敵なものになっていることでしょうね^^♪
今よりホンの少し幸せになりたい。
誰かが悲しい思いをしなくてすむように。
ヒトの些細な願いが積み重なっていったような…
多分 元はひとつだったものが 国や土地柄 ヒトの思考 解釈によって枝分かれしていったのかなって思ってます。
昨今は自分勝手な解釈を旗印とする なんちゃって宗教の乱立に 呆れるを通り超して笑っちゃいますがw
私自身今こうしてここに居る意味を未だ見出せずにいますが きっと何かがあるのでしょう。
歴史に名も残さず誰にも知られることなく生きて逝った大勢のヒトが居たから 今があるわけですもんね。
私がここに居ることが 未来の誰かの幸せに繋がっていたら嬉しいですね。
うちは天台宗だったので写経もしたことあるけど千さんのブログがわかりやすぃ!!
あたしも「しきそくぜくう、くうそくぜしき」 のとこ結構好きですよ~
精神集中したい時や、心を落ち着けようとする時、無意識に唱えている時があります。
未来に、こんな素敵な時が流れていたら幸せですね。
ニコタの地で、
素敵な光となった・・・。
これからも、とこしなえに、
素敵な光でありますように・・・。
人は時としておろかな行為に走りやすく、心を惑わし掌握する道具として宗教を使うことがあります。
般若心経では、宇宙のなりたちから原子の話まで。
はるか昔にそのようなことを考え言葉にしたことが驚異であると感じざるを得ません。
千さんのブログは、いつも色々考えさせられます。
…感じた事が、まだ文章としてまとまっておらず…
半端なコメでごめんなさい_(_^_;)_