今日は山手線付近、渋谷-新宿間を歩いてみた
- カテゴリ:日記
- 2010/05/09 22:37:43
いつもなら、日曜日に混雑する場所へは出かけないのに、血迷ったとでもいうのか、原宿まで行く気になった。
明治神宮と代々木公園なら、たまに出かけないこともないのだが、山手線の線路をまたいで、東側へはほとんど行かない。
同じ原宿駅を使って、同じ場所と言っても良い地域なのに、いわゆる原宿は何年も行ってなかった。
それで、駅を出て、原宿へ行こうかと思ったら、なんじゃこりゃ。
人だらけで、文字通り、お祭りと同じ人出であった。
どうしよもないので、原宿を歩くのはやめて、渋谷方向へ歩く。
面白いものだ、原宿と渋谷で、客層が違う。
「客層」と言うか、趣味嗜好が違う。
似たようなものなのに、違う。
きっと、表参道へ行くと、そこも違うはずなのだが、めんどくさくていかなかった。
ただ、人工が多く、集中した都市というものの、文化的な利点は感じられる。
たぶん「少数派」と呼ばれる人たちが生き残りやすいのだ。
千人に一人、みたいな趣味は、街としての商業規模が数万人の客を集めるような場所なら、小さなお店が成立できる。
逆に、小さな街では、少数派の客は小数点以下になってしまうわけで、「いるか」「いないか」どちらしかないわけだ。
これでは商売が成り立たない。
この計算は、多数派にも影響するだろう。
ほとんど同じようなものでも、わずかな違いをもって細分化すれば、それは、無数の少数の集まりとも見なせる。
ささいな違いでも、少しずつ違うものがたくさん集まれば、それは多様性につながる。
文化が発達する可能性が高まる。
日本の中で一番大きな平野に、一極集中で膨大な人工が集まっているというのは、悪循環も起こしやすいが、同時に、不況と言われる世の中でも、多様性を維持し続ける力になっている。
好きかきらいかと問われると、僕は東京都を好きではないと思うのだが、それでいて、東京にいることが気持ちいいという裏腹な感覚は、多様性からくる面白さのせいだろう。
こういう専門性というか、尖鋭さが、流行の「先端」というものを作るんだろうな。
逆に、日本中どこへ行っても、アスファルトの道路や、電柱は全く同じ。
家までもが同じなのは、気候が違う土地なのに、同じ建物ではだめだと思うのだけれど、心配になってしまう。
不思議ですよね。