冬の朝顔 2 緑と正人 ④
- カテゴリ:自作小説
- 2010/05/11 20:02:54
この事実は幼い正人の心に、大きな傷跡と暗い影を残した。
家族を失った正人を引き取ったのは、年の離れた従兄だった。
正人の両親はどちらも親戚が少なく、もっとも近い親戚は彼しかいなかった。
正人の従兄はまだ独身であったが、家族を失って呆然としている5歳の幼児を暖かく迎え入れた。
彼自身も天涯孤独といっていい身の上だったので、同じような身の上の幼児を実の弟のように扱った。
それが良かったのか、正人は少しずつ人間らしさを取り戻していった。
だが。
自分が願えば、全ては失われてしまう。
自分は幸せになってはいけない。願ってはいけない。
成長するにつれ、正人はそう考えるようになった。
誰に対しても誠実に、親切に。
友人は多かったし、周囲のだれからも信頼された。
人当たりのよい正人の心の中に、大きな壁が存在していたのだ。
その壁を突き崩して、彼の心に触れてきたのは緑の存在だった。
一目で彼女に恋をした。
彼女を見るたびに、そばにいたい、一緒に時をすごしたいと願った。
強くその願いを否定しても、もうどうしようもないほど思いが溢れてくる。
だから、緑と恋人同士になって同じ時を過ごした3年間は、正人の人生で最も幸せな時だった。
結婚して、緑から妊娠を告げられた時、正人は愕然とした。
そうだ、結婚すれば子供ができる。
そんな当たり前のことに、今頃気がつくなんて。
赤ん坊のことで、連想するのは妹だ。
シブンガネガエバスベテウシナワレル。
嫌だ!
それだけは、緑と美里を失うのだけは、絶対嫌だ。
失うぐらいなら、まだ憎まれたほうがいい。
その方がずっとましだ。
正人はそう考え、いつのまにか緑や美里と距離を置くようになった。
緑に冷たい態度をとるようになった。
触れてはいけない、愛してはいけない。そうしたら、全てを失ってしまう。
再びできてしまった正人の壁を突き破るのは、やはり緑の存在だった。
一睡もできずに朝を向かえた正人の耳に、緑の声が聞こえてきた。
「はい、そうなんです。昨日から高熱がありまして・・・はい、はい、申し訳ありません。
今日は休みを頂戴いたします。よろしくお願いします」
緑が会社に電話をかけている声だ。
「なにをしてるんや」
寝室のドアを開けた正人と電話をかけ終えた緑は、廊下で対峙した
「正人、今日ははっきりさせるで!」
緑の目はまっすぐに正人の目を見据えていた。
「緑!なに、、勝手な事してるんや!」
「勝手?勝手ってなんやの!」
緑はいきなり正人の胸倉をつかんで、自分の方へ引き寄せた。
「もう、黙ってるのも、悩むんもやめたんや!正人!」
「!」
「私と美里をさけるのはなんで?」
思わぬ緑の行動と、たたみかけるような彼女の話し方に、正人の頭は真っ白になっていた。
愛する人のストレートな質問は、正人の心の壁を打ち破って最も深いところに届いた。
正人は素直に答えていた。
長らく隠していた本心をさらけだした。
「失いたくないから。それぐらいやったら、憎まれたほうがええ」
「なんで?」
「僕は幸せを願ったらあかんのや」
一度話し出したら、その後はするすると言葉が流れ出た。
両親の事、妹の事、妹を憎んだ事。
そして、願った結果の事。
長い長い物語だった。
緑は何も言わず正人の話を聞いていた。
いつの間にか、床に座り込んでいた正人のそばに座り込み,そっと彼に寄り添っていた。
「だから、僕は幸せを願ったらあかんねん。幸せを願ったら・・・」
「あほやなあ」
緑は話し終えた正人を、そっと両の手で抱きしめた。
それは、恋人の、妻の、母の、あるいは姉や妹からの、女性から男性へ贈る抱擁の全ての形のようだった。
「そんなのどうってことないやん、私と美里はどこもいかへん。どっかいけゆうたって、離れへん・・・そんなことも解らへんの?私と美里、それから正人。私ら家族やんか!」
「ほんまに?」
「ほんま。私は嘘は嫌いやで」
両の手のひらで正人の頬を包み込み、そっと彼の瞳を覗き込んだ。
どうかこの言葉が正人に届きますように。
佐奈、珠生、どうか私に力を貸してと願いながら。
「朝顔は夏の花やけど、ちゃんと育てたら冬にも咲くんよ」
正人は視線をそらさずに、彼女の話を聞いていた。
「私は貴方と冬の朝顔を育てたい。冬の朝顔を咲かせたい。そう思ってるんよ」
緑の言葉が届いたはずですから、大丈夫だと思います。
これで 正人さんは 大丈夫ですね^^ きっと
どうぞ^^;
思いっきし泣いてください。