Nicotto Town


およよ・れおポン


はったりとかまやかしとかほらとか

片手間で、点けっぱなしのテレビに映っていた映画の話なので、軽い冗談として読んでください。

間違っても、論評するつもりはありません。
…その割には論評の口調で書いてますけどね。

二週連続で、「なんじゃこりゃ」と思う映画だったので、その二つを書きます。

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「300/スリーハンドレット」
簡単に言えば、わずか300人の兵力で、数千、数万の軍勢と戦った男の話、ということですかね?

腹筋おじさんの物語。

映像は、好きな人は好き、という絵柄でした。
これは趣味の問題なので、これが好きだと言う人がいれば、それでかまわないでしょう。

はるか昔の、歴史と言うよりは神話の領域の人の物語なので、映像は、リアリティよりも、絵画や、舞台演劇に通じるような造りです。

さて、そうしたことは良いのですが、僕には、ひとつだけ腑に落ちない点がある。

物語は、腹筋おじさんに焦点が合っている。
300人の兵士、と題名にうたっている割には、兵士の描写は無いわけです。

あくまで、大将である腹筋おじさんの話であって、「小さな軍」でもないし「300人」でもない。

この題名ではだめでしょう?
そう感じました。

まあ、それだけですけどね。
僕は、なんだか間抜けな印象を持った、ということ。

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「ファンタスティック・フォー」
この映画を見ていると、一般市民は「背景」の扱いになっています。

まあ、映画としては、物語に直結しない登場人物は、背景ですから、それで良いと思います。

でも、ちょっと不思議なのは、街を歩いている市民なのに、スポーツ観戦の客のような描きかたなんですね。

主人公の「超能力を持ってしまった四人の科学者」を見る「一般市民」たちは、なぜか、さほどの疑問も持たずに、四人をヒーロー扱いするんですね。

映画表現としては、物語の瑣末の部分は省略したいということで、一般人の描写は簡単に済ませたのでしょう。
それはそれで納得です。

それでも僕がそこに引っ掛かってしまうのは、
物語が「ただのうちわもめ」だからです。

超能力で激しい戦いをするから、なんとなく凄そうですが、話の本質は「仕事上の問題で、職場を同じくする人同士が争っている」だけです。

悪役のずるい人が、「利益を独り占めしたい」ことから犯罪を起こし、巻き込まれた他の四人が、ずるした人を退治する。

映画の中で破壊される街などは、ようするに、ただの巻き添え。

街の危機を、正義の味方が救うわけではなくて、
内輪もめしている人たちが、周りに迷惑をかけている。

これが、ストーリーの本質です。

それなのに、街の人たちは、四人の科学者をヒーローだと思っちゃう。

街を壊されて、迷惑をこうむっているのに、怒らない。
問題に気付かない市民。

こんなことは娯楽映画にはどうでもいいことですか、そうですか。そうですね。


水戸黄門みたいに、「権力者がノコノコ出てきて、権威を振りかざすと悪人がひれ伏しちゃう」なんていうことが「正義」として通るのだから、ファンタスティック・フォーのほうが、ヒーローですね。

#日記広場:映画





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