Nicotto Town


およよ・れおポン


何年ぶりかでハガキを出す

二つ前の記事で、「モヤモヤさまぁ〜ず2」にハガキを出すハガキを書いたという話を書いた。
このハガキを、今日だしてきました。

昨日は雨が降っていたので、なんとなく、ハガキを出すのをやめたのです。
現在の郵便の品質はわからないけど、ハガキってぬれやすいので、晴れた日を選んで出しました。

さて、この「ハガキを出す」ということで二題。

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モヤさまにハガキを出すにあたって、似顔絵を描きました。

ハガキは輸送中にこすれるなど、汚れる可能性がある。
(いつごろからか、郵便の品質は上がって、ハガキが汚れることは少なくなったのだが、やはり、原理上の問題として、完全には払拭できない)

さて、似顔絵は色鉛筆で描きました。
色鉛筆はこすれると汚れてしまうし、ハガキはどうしても汚れがつきやすいので、保護のために、画面に「フィキサチーフ」を吹きました。

フィキサチーフと言うのは、鉛筆やパステルなどを画面に定着させるスプレーです。

鉛筆画は、どうしても、こすれたりすると汚れますね。粉っぽくて、紙にくっつかないために、少しのことで擦れてしまう。

ここに、接着剤のようなものを吹き付ければ、粉末が紙にくっついて取れなくなるというすんぽうです。

僕は、画材で有名なホルベインという会社のフィキサチーフを使っています。

鉛筆や、木炭、パステルを定着できます。
オイルパステルは、油が含まれるので、あまりうまくいきません。

絵を保存したい人は、フィキサチーフを使ってみてください。

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どうも僕は常識がたりないので、ハガキの文面で悩んでしまった。
「拝啓」などの常識も覚えていない。

そこで、言葉を調べてみた。
ところが、常識としての例文などはたくさんあるのだが、単語そのものの「意味」については、あまり解説が無い。

「拝啓」は手紙の書き出しの言葉。
それがわかっても、「拝啓」意味はわからない。

漢字一つずつで調べると、「拝」は、日常的な「拝む」と変わらず、目上の何か(ふだんは神仏に拝む人がおおいですね、立場としてかなり上の人なども含みます)と向き合うことです。
ただ向き合うのではなく、上位の人に、自分がじゅうぶんへりくだった状態です。
それが「拝む」。

「啓」がなんだかわからなくて、「ひらく」「もうす」などと読む。
広い意味での日本語として「ひらく」は「始める」の意味も含む。
そうしたことで、春の虫などが出始める時期を「啓蟄(けいちつ)」などと言う。

神の「啓示」などとも言う。神が何かを「話し」何かを「示した」のである。
つまり「もうす」だ。
これは「話す」ことだけれども、なんとなく、「ひらく」に通じるものがある。

なるほど、これが「啓」の根底の意味なのか。

「拝啓」で、「ものすごく目上の人へ、話しを始めます」という意味になるわけだ。

そうかぁ〜

で、他にも最初の言葉がいくつかあるのだが、自分のハガキにどの単語を選ぼうかと考えた。

「拝呈」というのもある。

これは、僕の日常で、一切出会わない言葉だ。
だれも「手紙で拝呈を使う」人はいない。

意味は「物を送ること。つつしんで差し上げること」だそうだ。
「呈」は、何かを出すことで、今では「提出」「提示」と書くが「呈出」「呈示」とも書いて、意味合いのわずかな違いとして、「呈」が「意味合いとして示す」で、「提」が、単純に物体を出すこと。

少しだけ、「呈出」の方が、意味が重いわけだ。
目上の人に何か差し出す時には、物でも何でも、まるっきりどうでもいいような物なはずはないし、何らかの意味があるはずだ。

それで、目上の人に何かを差し出す時には「拝呈」なのだ。

手紙で「拝呈」と言うからには、「拝啓」よりも、なにか物体的価値に重きがおかれた意味で使うべきだろう。
逆に「拝啓」は、書かれた「内容」にこそ重きが置かれる。


と、いうことで、
僕がモヤさまに出したのは、「似顔絵」に少し言葉を添えたものなので、

「拝呈」に決めました。

、、、あ、「敬具」の意味は調べなかった。。。。。

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