握った手
- カテゴリ:自作小説
- 2010/05/26 19:01:04
「これから先はまたのお楽しみ」
「どうして?」
「それも今は内緒」
笑顔の彼は口元に人差し指を当てる
「はい」
渋々頷く
「さぁ食器を片付けよう」
「あ はい」
すっかり忘れていた席を慌てて離れる
洗おうとした横に彼が立つ
顔を彼に向ける
初めてのことだった
以前は使用人がやっていたが
今は私が担当で 彼はやらないから
でも
彼は当然のようにいる
「はい これ拭いて」
「は はい」
気づくともう すすぎの段階に入っていた
泡と一緒に汚れの落ちた食器を一枚一枚
渡してくれるのを受け取り 拭いていく
食器を片し終え部屋に向かう 二人で
「そうだ 明日が最後になるからここでしたい事を残さないように」
手を振って彼は自室に入る
意味が分からなかった
最後って 次はどこに行くの?
頭の中が疑問符に埋め尽くされた私は
とりあえず部屋に帰る
歯磨きをしている時もお風呂に入っている時も
同じ事を考えていた
最後
最後
何がしたい
やっていない事は
―分からないまま眠りについた
いつもと同じ
空が大地が明るくなり始めた頃起きる
身だしなみを整え
デッキに続く階段を上り
ドアの前に立つ
ドアに付いた小さな窓から彼を見る
そういえば
私はあそこに行った事がない
この船の中から出たことがない
やっていない事を見つけた
ギィ
ドアの軋む音がした
そっと開ける
「おはよう」
「おはようございます」
「やっぱりね」
「気づいていたんですか」
「そう いつもいたでしょ」
「どうして」
「何が?」
「どうして ここに来てはいけないと貴方は命じたのですか」