握った手
- カテゴリ:自作小説
- 2010/05/28 17:50:45
「あぁ この船をご覧」
彼は海から視線を外す
私は言われたとおり体の向きを変え
背にしていた船を見る 思っていたのより大きい
「この船は昔 客船として使われていた」
「この船の船長が私の祖父だった 祖父は落ちたんだ」
何も言えない
「私がいつも立っているあたりから 祖父は助けようとしたんだ」
「突然の嵐が来た 乗客に船内に逃げるように言った その時 祖父は一人の女の子が滑り落ちそうなのを発見した その子の親も助けようとしたが滑って苦労していたそうだ」
「助かったりましたか?」
「ああ 奇跡だよ」
「そう 良かった」
直接ではないが
私がデッキに足を運ぶのを禁じた理由が分かった
その事を思い出すのだろう
「3年前 92歳で死んだ 寿命だった 」
「長生きしたんですね」
「そう」
「ご両親は?」
「生きてるよ」
沈黙が堕ちる
「そうだ 今日の昼には着くから支度しておきな」
「はい 今度はどこに行くのですか」
「着いたら教えてあげるよ さぁ朝ごはんだ」
彼は歩き出す
その後を少し遅れて歩き出す
昼過ぎ
見知らぬ でも懐かしいような街に着いた
レンガで造られた家が建ち並び
市場では人が溢れている
活気のある街だった
しかし
似使わぬものが目に入った
それは 様々な機関の集まった
さっきの街から車で7分ほど行った所でだけ見られた
車から降り
2メートルはありそうな豪奢な門と花が飾るアーチを抜ける
庭には色とりどりの花が咲き誇っている
「これは一部 噴水のある中庭に果樹園 他にもいろいろな施設もある」
「家は?」
庭が広くて家が見えなのだ
「あの先さ」
彼は樹の下にベンチのある前方を指差す
「遠い」
つい声が漏れてしまった
「大丈夫」
にっこり笑ってみせる
「ほら よく聞いて」
耳を澄ます
軽やかな音が聞こえる
「あれに乗るんだ」
あれ とは
馬が二頭でひく丸みを帯びている白い馬車だった
「すごい」
「ありがとう さぁどうぞ」
中は座り心地のいい革張りのベンチのような造りになっていた
馬車に揺られながら
窓から庭をのぞく
「ぁ」
見えたのは家 と言うより屋敷に近い
白い壁の一部にレンガが張られていて
屋根は焦げ茶
屋敷の周りには彫刻品が2 3体
さらに 川が流れている
「冬になると白鳥がやってくるんだ」
「冬?」
「そうか 冬と言うのはケーキを食べる頃の季節のことだ まだ教えていなかったな 今度教えてあげよう」
「感謝します」
そのあとは何も話さないまま屋敷の前に着いた
屋敷の中も凄い
シャンデリア 絵画
螺旋階段
それらが調和している
私の部屋は最上階で見晴らしのいい3階だった
小花柄の布団 ソファ 白い猫足の机にイス シャワーにトイレまである
部屋にじっとしているのも
退屈だったので案内されたところを
もう一度回ってみることにした
迷子になるかと思ったが
何とか帰ってくることができた
コンコン
「はい」
「失礼」
彼が入ってくる
「どう 驚いた?」
「はい」
会話が切れた
私は訊いてみた
ここに来る途中の様々な機関の集まっていた所の壁や道路の黒い跡は何か と
返事はすぐに返ってこない
これを知っている
私の誕生日 お互いの名前 両親の事を教えてくれた あの日と同じ
息をひとつ長く吐いた後
「テロがあったんだ」
彼は私の顔を見ずに 伏し目がちに告げる
やっぱり
そのテロが私の両親を奪ったんだ
「じゃあ ここは 」
「マローナの予想通り 私たちの故郷だ」
「教えてください 全てを」
「教えただろう」
「いいえ 教えてもらってないわ」
彼は困惑と諦めが混じった
うっすらと唇の歪んだ顔をした