Nicotto Town


COME HOME


「海と約束」

眼に痛いくらいの青がそこには広がっていた。ところどころ白い波の帯が引かれては消える。私と詩菜は、秋の海辺に訪れていた。病気で衰弱しつつある詩菜の体調が良い今日この日に担当の看護師さんと医師に許可をもらい、二人は今ここにいる。空の青さを吸い込んだ水面はきらきらとまぶしく、水平線ははるか彼方。季節外れではあるが、間違いなく詩菜が病室でさんざん望んでは思いを馳せていた本物の海である。 

「きれいだねぇ」 

裸足で砂に触れつつ、潮風に茶色いロングヘアをたなびかせながら詩菜は言う。そこには、言葉では言い表せない感動が含まれていた。

 「ホント。晴れて良かった」 

答えながら波打ち際に近づく。靴は詩菜と違い履いたままだから、それとなく慎重に。隣の病人はためらうことなくパジャマのズボンを膝までめくり上げ、剥き出しの素足を少し冷たい海水に突っ込んだ。 

「あんまり体冷やすなよ。また熱出すよ?」 

ここのところそんな事態は発生しなかったが、詩菜は病原菌と共存している身。油断はしてはいけない。と周りから口を酸っぱく言われていたので、辺りに誰もいない今は私がその代役をお勤め中。ただ、いい加減な友人が言う所為か効果は薄いよう。「そうだとしても本望」と返答された。そうだよね。なんたって、やっとの思いで約束を果たせたのだから。私達。決して「元気な体」とは言い難いけれど、十分私にとっては合格点だ。詩菜にはそうではないとしても。
詩菜が足首にまで水に浸っているのを確認してから、後ろを振り向く。壁や崖のようにそびえ立つ白い病院を見上げた。患者の精神安定だかのために海の近くに設置された建造物。もう少ししたらあそこに戻らなくてはならない。来たときとは逆に、ここよりいくらか海抜の高いあの白い箱に繋がるコンクリートの階段を上って。その前に言っておきたいことがある。  

「詩菜」

 名前を呼ぶ。美少女が振り向く。「なに」という顔をして。 

「あの約束は、まだ有効だからね」

 海はまだまだ、美しくなる余地がある。

***
ずいぶん昔の続編見たいななにか。




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