もうひとつの幻想
- カテゴリ:自作小説
- 2009/02/19 18:12:54
2、奇跡の夜
彼女の目は俺に向けられる事も無く、じっと遠くの方の一点を見つめているようだった。
その表情からも、俺はこれから話される事の予想が付いた。
そして、俺のその予想は当たる事になる。
「私は好きな人がいるの。今その方とお付き合いしているの。」
しかし、その後の話は俺の予想を超えるものだった。
彼女が勤務している病院で、彼女はその男性と出合った。
男性は病院の透析室の機器を操作したり、透析液を作ったりする「テクニシャン」と呼ばれる立場だった。
彼女はその男性の勤務する透析室に配属になった。
彼女の透析室での勤務は、非常に評価が高かった。
明るく真っ直ぐな性格な上、コンビニのバイトで培った要領のよさや仕事の早さが、彼女の評価を上げた要因
だったのだろう。
一方専門技術者であった男性は、話上手な人気者だった。
明るく仕事熱心な新人看護師と、男性としての魅力を兼ね備えた技術者が、恋に落ちるのにはそれほど時間はか
からなかった。
しかし大きな問題点は、その男性には既に妻子がいた事だった。
彼女とその男性の恋は燃え上がった。
男性が時間を作る事が出来る日は、殆んど側には彼女の姿があった。
男性にはそれなりの収入が確保されていた。
いくつかの彼女へのプレゼントも用意されていたが、彼女はそれを断っていた。
その男性の自分への想いを、形として残したくない。
それが彼女の気持ちだった。
いつかは終ってしまう恋だという事は、彼女の中では理解しているようだった。
「私は今の生活が好きなの。まだこの生活を続けたいの・・・。」
彼女は俺にそう言った。
「いつか終ってしまうものを、何故そんなに大事にするんだ。」
俺は自分のタイミングの悪さを嘆いていた。
彼女が仕事に就いてバイトを辞めたとき、すぐに言えば良かったのかもしれない。
俺はその時、フリーターとしての自分に自信が無かったのだろう。
俺が人としての自信を得た頃には、彼女は違う男性と過ちを犯してしまっていた。
「私、今の自分も必要だったと思える時が来ると思うの。だから・・・もうしばらく・・・。」
彼女の目は、まだ真っ直ぐに遠くを見つめていた。
彼女の目線の先には、誰が存在するか俺にはわかっていた。
「君は・・・人間を舐めている。いつかキツイしっぺ返しが来るだろう。」
俺は嫌な男だった。
愛する女性の過ちを正す事も出来ずに、悪態をついて去っていくのだ。
「俺は無能者だ。最低だ。」
俺は高校時代、その川の土手を走るのが日課だった。
土手には500mずつの標識が立てられており、どのくらい走ったかがわかる様になっていた。
俺は久しぶりにそこに訪れた。
「こんな体、ぶっ壊れてしまえ!愛する女も救えないような男は、生きていても仕方が無い。」
俺はそんな事を呟きながら、その川の土手をがむしゃらに走っていた。
午前0時を越える頃、春の生暖かい風が吹いていた。
がむしゃらに走る俺は、土手道の段差に足を取られ転倒した。
俺はしこたま地面に顔を打ちつけ、口からは鮮血が流れた。
「ちょうどいい、もっと壊れろ」
俺はもつれる足で再び立ち上がろうとしたその時、遠くで人の影が見えた。
その人は、よれよれのスーツ姿に見えた。
もっと目を凝らして見てみると、その人は先日事故を起こした俺の得意客だったのだ。
彼もまた、こんな時間にたった一人で水辺を歩いていたのだ。
俺は口から鮮血を吐きながら、しばらく彼の事を見ていたのだった。
つづく
はい、それよりもその男は誰なんだろうって所、注目でございます。
たぶん、KINACOさんも知ってる人です。。。
人はただ歩いてゆくのです。
約束された道は無くとも
たどり着く場所は見えずとも
ただ、ひとつ言えるのは
どこにたどり着いたかではなく
いかにしてたどり着いたか
私はそのプロセスが
この上なく愛おしい。
伏線が引かれていく 何処へ かなたへ そして・・・・・ 辿り着く場所があるのなら・・・