Nicotto Town



パパのしあわせ    9

--------------------これはフィクションです--------------------

BGM  alan  「 ひとつ 」

http://www.youtube.com/watch?v=gOB48_i11os
一度だけじゃない なん度も生きてきた
証はないけれど 記憶もないけれど
自分の命の熱さを感じて
たくさんの祝福に守られているの・・・

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山寺というのは その言葉どおり

山が そのまま お寺になっているの。

急峻な 山肌を利用して 修行の場としてのお寺。

何百年も前 仏教と修行が 深く結びついていた時代

そんな昔に作られたときには 石段などなかった。

道のないところを登るのが 修行だったのね。

今は 一般参拝 観光客のために 石段が整備されてる

それでも 千段を越える階段は 体のなまった都会人

そして お年寄りには ちょっときつい。

「私ここで待ってるから みんなで行ってきて」

途中であきらめる人も 多いみたい。

子供のころ 友人と 幾度も登り下りしていた彼女は

今も平気で登っていく。

わたしも なんとか ついていけた。

お寺の参拝というより ちょっとした登山。

二人いっしょなら なにをしても楽しい

しあわせな時間は続いていた。

 パパが初めて 東京に降り立ったのは御徒町。父親の店の取引先の問屋さん。そこから紹介を受けた港区の職人さん家に連れて行かれたの。見習い職人の暮らしがはじまるのね。兄弟子は二人。朝八時から夜八時まで。休日は 第一 第三日曜日だけ。日曜日が5回ある月は 3週間 休みなしということになるの。パパはここで 職人というものの悲惨な実態を見ることになったのね。親方は 弟子が休みの日曜日も 一人で仕事していた。食事は 家族も弟子たちも同じ食卓を囲んで 同じものをたべていた。とても粗末な食事。たまに親方の前に一品多くでていることもあったけど ほとんど同じなの。押し麦の混ざったごはん。夏は朝一日分をまとめて炊いているので 夕食には もう におっているの。においってなんのにおい。くさりかけたにおいなの。みんな 食べなれた顔で平気で食べたんだって。パパはとてものどを通らなくて 178cmあったのに 48kgまでになってたの。

山寺は ふもとの参道入り口から 山頂まで 

いくつもの建物があって 

創建されたころのものかなと思わせる古い建物

僧籍の家族の住居

そして山頂の本堂

そのほかにも 小さな小屋のようなものから

展望台になっているところ

そのあいだを 石段でつないでいる。

彼女は 賽銭を投げ込んで手を合わせていた。

なにをお願いしていたのかな。

私は無宗教 無心論者 

お賽銭も 合掌も避けたいところだったが

現代に残された文化財の鑑賞料としてコインを入れた

しかし 合掌はなし。

登山をして 山頂から景色をながめたのはいつのこと

家族で 関東平野を見渡せる 低い山に登ったのは

結婚して 5年目だったかな。

それが最後だった。

ずいぶん ひさしぶりの 快感。

好きな人と 同じ風景を見る。

これも 恋をして感じることができるしあわせ。

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2010/08/19 18:21
国立も いちおう 公立なので 授業料も安くて
それでいて 校則も きびしくないの
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2010/08/19 16:18
国立大の付属でしたか

んー・・・のんびりしたかんじのところから
住み込みかあ

わりと身近に「大工」→「赤紙招集」→「ふたたび修行し直し」→「棟梁」の道の人、
「大工」→「工務店経営者」→「多角経営」→「失敗」の人
なんて話を聞く機会がありました。

学生時代に、学生結婚した友だちのご主人(同じ大学)が
昼間は公務員だったのだけど 突然 板前になりたい、と
仕事をやめて そちらの道へすすもうとしたけれど
結局 だめだった事があったわー・・
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2010/08/19 16:02
国立大学の付属校は 私立の進学校とは 雰囲気がずいぶんちがうの。
もっとのんびりとした 東京て゛いうと 教育大(今の筑波)付属に学習院をミックスしたようなかんじかな
徒弟制度というのは 薄給だけど 技術を伝授してくれるわけだから 見返りのほうが大きい。
住居 食事 そして少ないながらも 給与。
企業側は 赤字。
黒字になるには何年もかかるの。
一人前になって 御礼奉公。独立してからも 傘下で 仕事して 何割か 親方の収入になる。
そうやって やっと 利益が生まれる。
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2010/08/19 15:28
周りが東大や その他有名大学に進学していったような
そんな私立進学校での生活と
そこまでかけ離れた状況に放り込まれたら
なかなか口では言えない厳しさがありますね。

職人の生活といっても、通いと住み込みでも違うし
受け入れ先の、おかみさんというか奥さんがしっかりしていたら
だいぶ違う・・・
「しっかりいいもの食べさせないと、いい仕事はできない」(←関西独特かも)
「余所から預かっているお子さん」という意識で
めんどう見てくれるところもあったようですが
それでも基本は「体育会系」のノリですもんね

そういう苦労から立ち上がってきた人は 
芯は強くなるとは思います。
それとも<パパ>はここでも<感情を封印して>
やりすごしたのでしょうか 
どうかな・・・
そんなレベルではなかったような気もします




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