Nicotto Town



ラヴェンナ


以前に書いたことがあるかなぁ。健忘症かヾ(・・ )ォィォィ
あれば、読んだ人はスルーしてくださいね。<(_ _)>

思春期に出会い、心慰められた作家にヘルマン・ヘッセがいます。
以前、ブームが来てNHKでドキュメンタリーが組まれたりしていました。

大人になると見方も変わります。
戦争時、作家も辛い時期を迎えます。スイスに一時避難しました。
その地で精神的に弱い妻がおかしくなり、耐えきれなくなったヘッセは
妻と子どもを捨てて逃げ出すんですね。

隣人は今でもヘッセを許しておらず、大嫌いだそうです^^;
そりゃそうだわ。

「車輪の下」などで世界中の少年少女が癒されたことでしょう。
でも、自分の息子は捨てたんだなぁ。。
生きるってままならないことです。

詩人でもあったヘッセ
その中で一番好きだったのが
『ラヴェンナ』

イタリアのかつて栄えた都市です。今は寂れていますが
ビザンチン文化の壁画が見事に残る教会がとても有名です。
ダンテも『神曲』この地で書き、没しています。お墓もあります。


ラヴェンナ

我またラヴェンナの街に来ぬ。
そはささやかる死せる街にして
書物にもよくしるされたり。

という一節は身に沁み込んでいます。
あとは街が苔むしていたり、夜更けに思い出しては涙するような風情がある。
そう書かれていました。訳でずいぶんと印象が変わるんです。

13,4の頃の、家庭環境が最悪の中
憧れたものです。
どこにあるかも知らなかった中世の忘れられた死せる街。

思い出しただけで涙が出るほどの街とは
どんなものだろうと。。。

何十年か経ったとき、イタリアの地図上にラヴェンナを見つけました。
こんなところにあったのか。。

滞在予定のフェレンツエから日帰りが可能!
早速、ヨーロッパの鉄道時刻表を繰ってみると
ああ行けるやん!

少女の頃、わたしの人生は先が見えませんでした。
父はDV,授業料も払えない、進学すら危うい時期だったのです。

時は流れて
ラヴェンナは待っていてくれた。

フィレンツエを早朝に出て、途中ロミオとジュリエットの舞台になった
ボローニャで乗り換え、フィレンツエに着いたのはお昼前。
寂れた感じの小さな駅でした。

我またラヴェンナに来ぬ。
心の中で唱えて、ポンと列車から駅に降り立ちました。
6月の爽やかな日差しの中
ヘッセを読んでいた日々がかすめていきます。

夢というほどのもではありませんが
諦めない。
夢見る事はどこか、何か、違う形で叶う時もある。

人生は悪くない。

若いヘッセが生きることに迷い悩み、
巡礼の為に歩いた道。

今は手が届かなくても
ずっと先はわかりません。
ダメかもしれない。
すぐにではない。
あなたが夢を忘れない限り、いつかどこかで
もう一度巡り合う何かがある。

ラヴェンナを想う時
死ぬまで、たとえ叶うことはなくても
ささやかでも夢は手放すまいと誓ってみるのです。

アバター
2010/08/22 23:09
続きです^^;長々とww

人生には浮き沈みがあって
いい流れの時と、本当にどうしようもない時があります。

混迷度合いは、たぶん
歳を重ねていく方が大変になってくる気がします。
まだ、本当に若かった頃は
自分の成熟して英知を得るものだと、信じていた節があるw
そうなった方もいるかもしれませんが
わたしはダメでしたwww

あんまり変わりませんw
実はみんなそうかもしれませんね。
ひた隠しにしているだけで。

たぶん、知らない間、胸のどこかで
夢のかけらが光っているかもしれません。
自分では気付かない何かが。

それともまだ出会っていないなら
出会うという可能性がある。

希望ですね。

先に何があるなんて
分からないから、人は生きることができる。
臆病になると、可能性を見捨てた方が楽になれる気がします。
ああ。。でも
人生なんて矢のように過ぎ去る時間かもしれません。

前に進むかで迷っている
わたしも実はそうです。
偉そうなことは何一つ言えません。。

生きるってドキドキです。
辛いことも、実はドキドキ嫌な意味でですが。。
そんな中で、後ろに下がらないようにだけ踏ん張れば
また、夢の続きを見れる気がしてきます。

その過程で、何処かに巡り合える。
たとえ叶わなくても
やっぱり、願う気持ちを抱き続ける方が
生きることに光を与えてくれる気がするのです。

アバター
2010/08/22 22:56
honeyさん★コメントありがとうございます。

ああ。。『デミアン』も大好きだった気がします^^
といってもかなりの昔なので、内容は忘れちゃっているんですがww
自由に生きる青年の話だったような気がww^^;自信ないなぁ。。
好きだったっていう感想だけははっきりと残っています。

なんていうのか
若さ、ってやっぱり、力があるんだと思うんです。
若いから思えるってことが。

歳を重ねる度に、しんどい、というか現実的にいろいろ体の具合とかの
実に様々な制約で疲弊しちゃうんですね。
それで、気持ちが全部いっちゃう。
気が付けば、大事だった夢想する力さえ、体を動かす日々のことに
いってしまっている。
度々実感することが多くなりました。

これはなかなか手強い^^;

お母さまのお話、とっても素敵です。
ありがとう。
とってもロマンチックな女性であったのでしょうね。
荒涼とした異国の地に降り立って
お母さまはいろんな想いを胸に抱かれたことでしょう^^

わたしは『嵐が丘』の方が好きなんですw
きっと性根が激しいのでしょう^^;

『ジェーン・エア』で、病んで悪魔のようになった女性が登場しますね。
彼女は植民地で生まれ育ちました。
当時の英国では、英国人であっても植民地生まれは差別されたようなんです。
それに非常に腹を立てた植民地生まれの女性作家が
病んでしまった女性をモデルにして、書いている本が確かありました。
『サルガッソーの広い海』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4309709532/ref=cm_rdp_product
なかなか興味を曳きます。

生きることは夢見ること
何故か、わたしの奥にある本能みたいなもので
環境にも因ると思うのですが、
独り遊びが好きなのは、夢見る自由を奪われたくないからかもしれません。

きっとhoneyちゃんも同じようなところがあるのではないか?
そんな気もします。。

ラヴェンナに行けるとは思ってもおらず
ある時に、突然浮上してきたんです。
もちろん行けたことが、大きな励みになっていることは確かです。

もしかしたら、望んでいることが叶うかもしれない。
そう思ってしまうから。



アバター
2010/08/22 22:12
ヘッセは、子ども向けの全集みたいので読んだきりでしたが、
少し前に『デミアン』を読みました。
語り手よりも、ときどきしか出てこないデミアンがかっこよくて、
十代の頃に読んでいたら、
もっといろいろ読んでいたのかも、と思ったり。

黒猫手毬さんの文章を拝読して、
ラヴェンナ、という地名はあるいは忘れてしまうかもしれないのですが、

>>人生は悪くない。

という言葉は、忘れないような気がするのです。
というのも、とても不思議なことですが、
危機的な状況に陥るたびに、
なぜかそう心の中で呟いていたからです。

でも、いままた危機的な状況にあるのですが、
そう呟けないのです。
行き止まり。どうしよう。

わたし自身にももしかしたらラヴェンナみたいな場所があるのかもしれなくて、
あるとしたらそれはどこなんだろう、
実在しない場所でも構わない、
でも、きっと必要な場所なのかもしれません。

わたしの母は比較的早くに亡くなりましたが、
ラヴェンナにあたる場所は、
北イングランドのハワースという小さな村でした。
亡くなる二、三年前、そこを訪れることができました。

ブロンテ姉妹の住んでいた村です。

エミリー・ブロンテの『嵐が丘』が有名ですが、
母はエミリーの姉のシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』が大好きなのでした。
大学の英文科を出たというわけでもないのに、
ペーパーバックを買ってきて原文で読んでしまい、
翻訳に納得がいかないとか言っていたような人です。

その時点で、病気は見つかっていませんでしたので、
わたしやきょうだいからすれば、
ぎりぎりで親孝行できたということになります。

もしかしたらわたしはまだラヴェンナに行き当たっていなくて、
これから捜さなくてはならないのかもしれません。

長文失礼しました。
アバター
2010/08/20 14:47
アッシュさん★コメントありがとうございます。

ヘッセって、なぜだか女性に人気があります。
描かれているのは少年なんですけどね。

実はボローニャって食の都でもあるそうです^^
何でも駅弁が美味しいとの評判で
乗り換えの時に探したのですが、酔っ払いに絡まれそうになり
諦めました^^;
アバター
2010/08/20 14:44
マーメイドさん★コメントありがとうございます。

十代半ばあたりですね^^
ヘッセに心酔する頃、ちょうど反抗期を迎え、
心の葛藤や孤独傷つきやすい心がヘッセの繊細な世界と共鳴しあうんですね^^

ヘッセ自身も精神的に気弱な部分が大で
本人も苦しんだようですね。
後にしっかりとした年上の女性と再婚し、寄りかかるようにして
穏やかな晩年を迎え、『庭仕事の楽しみ』などの作品を残しています。

作家は作品がすべてで、それでいいのですが
知ってしまうと何だかね、興ざめするところが大人なんでしょうね^^;

それでも作家であったヘッセは、たぶん自分の愚かさは自覚し
痛みは抱えていたと思います。。でもね。。と^^;
アバター
2010/08/20 14:35
alohaさん★コメントありがとうございます。

きっと違うところで感動するんでしょうね^^
時過ぎ去りし、それを成長と呼ぶのでしょう。

その年代でしか味わえない感動がある、それが読書の喜びでもあります。
時代を超える力があるのが、名作。
昨年あたり、ほらドフトエフスキーブームが起こりました。
『蟹工船』とかも。


アバター
2010/08/20 09:55
お恥ずかしい話ですが、ヘッセは読んだ事ないんです。
海外の名作系ってのは、あんまり読む機会がなかったですねえ。
でも、ちょっと興味が湧いたかもですw

ラヴェンナ・・・
よりもボローニャ。
ボローニャと言えば、ソーセージですねww

ぐだぐだですみません><
アバター
2010/08/20 07:41
私も 15歳の頃にヘッセには陶酔しましたね・・・。

実はリアルタイムで 同じように うつ病になってしまった妻に耐えられずに別居に踏み切った知り合いがいて・・
ヘッセもそうだったのね・・と そんなところでちょっと思考がとまっちゃいました(苦笑)

子ども同士が仲良しでね 子どもの目線で報告を聞くんですよ。
やはり 私は近所の人の立場同様な思いです(苦笑)  大人には大人の事情もいい分もあるんでしょうけど・・。
アバター
2010/08/20 02:12
黒猫手毬さん。 こんばんは  v(^e^)v
ヘルマン。ヘッセさん、若い頃読みましたねぇ。

微かな心への影響があったと思っています。
でも、今読み返したら、若い当時には想像も出来なかったような内容が胸を打つのではないかと思います。
名作とはいつの時代で読んでもその時代に生きる人絶ちの心をつかむのかも知れません。
アバター
2010/08/20 00:13
ジェクトさん★コメントありがとうございます。

確か厳しい競争の中で挫折してしまう
少年の物語であったと思います^^;
何しろ、好きとはいえ、ずいぶん?昔なので。
今読むと違うだろうなぁともww

読めば是非、感想を聞かせてくださいね^^
アバター
2010/08/20 00:12
チョーコさん★コメントありがとうございます。

わたしも「知と愛」は好きでした^^
ヘッセを夢中で読んだのは10代半ばです。
詳しい内容の記憶はかすれてしまい^^;
今読めばどうかなぁ、という気持ちもしています。

希望を捨てた時、人は本当に死んでしまうと
聞いたことがあります。
人を支配したり、絶望に追いやるのは希望を奪うのだとも。

希望や夢、
たとえどんなに小さくても人を生かす力なんでしょうね。
長い人生で、思わぬ形で叶うこともある。
それを知って欲しいなぁとも思うんです。

なかなね、今、若い人たちが職につけないなど
厳しい格差があるでしょう。
そこからこぼれ落ちてゆくのが、なんとも哀しいのです。
自分の中の可能性を見捨てなければ
明日はやってくるのになぁ。。と。
アバター
2010/08/19 23:51
車輪の下は有名だけど読んだことないなー。
こんど読んでみよう。
アバター
2010/08/19 23:48
「車輪の下」は読んでいて苦しかったです
「知と愛」が一番好きで(3,4冊しか読んでないw) 何回か読み返しました

夢があるからがんばれる と私は思っていますが、 
ああ、でも夢が持てないとか、分からないとか悩む人もいでしょう
苦しいと思っている人にこのブログを読んで欲しいです




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.