『虐殺器官』
- カテゴリ:小説/詩
- 2010/08/22 22:52:29
書きづらいけど感想を書く。
『虐殺器官』伊藤計劃 ハヤカワ文庫JA
ながらくヘタっていた間、ロクに本が読めなかったなか読んだ(読むことができた、というか読まされてしまったというか)数すくない本だった。
単行本が出たときから、SF周辺では評判がよく、気になっていたし、ニコでもお薦めをいただいていた。
丁度文庫化のアナウンスを見なければ、単行本を手にとっただろう。
凄い面子が推す帯つきで、早川の本にしては珍しく売れてるらしいが、さもありなんとうなずける。
結論から言う。
間違いなく、傑作。
作者が早世したことは、評価に影響していない。
関係ない。
「読む」ことがつづかないほど、気力・体力的が減退している時に、巻置くあたわず、ひきずられるように頁を繰りつづけずにいられなかった。
とにかく抜群に上手い。
なんだけど、内容は、現実の目を反らしたくなる部分を見つめつつ、重い。
おかげで、読むの止めたい、勘弁してくれ……と胃が重くなりつつ読了し、しばらく沈み込んでいた。すさまじい。
エンターテインメントとして、小説として巧みな上に、明確で極めて今日的・現実的なテーマを突きつけられる。
傑作だし、上手い。でも手にとるのは心身ともに余裕があるときをお薦めしたい。
一読して、ティプトリーを思い浮かべた。
作中のジョン・ポールの行動が「エイン博士の最後の飛行」のエイン博士に似ている、と感じたのがひとつ。
もっとも、エイン博士の行動は、対象は無差別で、ある意味(彼自身からすれば)自己犠牲でもある(勘弁してくれと思うけど)が、ジョン・ポールの行為は完全にエゴなのだが。
むしろ主人公の選択が、エイン博士の行動に似ている、ような気もする(が、やはり、なぁ……)。
それ以上に、この本と『輝くもの天より墜ち』の読後感に、似たものを感じた。
豊かな側の貧しい側からの収奪や、戦闘が残していく傷、それらをみつめる視線。
『嵐の山荘物』の枠組みで過去の傷として戦争を書く『輝くもの――』より、直接戦闘を描くアクションでもあるこの話は、より直裁に血みどろの現実を見せる。
作者の早世は評価に影響していない、と先ほど書いた。
だが、冷然たる現実を見つめる視線を得たのは、まさか「終わり」を意識していたからか? と考えてしまい、胸が詰まる。
伊藤計劃は、神林長平の後継的な位置につく人ではなかっただろうか。
雑誌に載った短編で神林読者なんだろうな~と思わせる語句を使っていたし、この話でもSF的キモになるネタはソレっぽい。
だが、神林長平があくまでSF的な部分からテーマを展開させるのに対し、この話の作者は現実にある問題を描き出すことに力を入れていて、SF的な部分は作品を成立させる背景としてサラリと描かれる。
SF的なネタの比重の軽さを不満をとなえる人があるが、それは小説的な欠点にはなっていない。
普段SFを読まない人にも抵抗がないだろうし、戦争アクション・謀略物・ミステリ的な面白さもある。
SF読みとしては、SFであるからこその手法で、現実的なテーマに切り込み得た洗練を楽しめる。
ラストについて「アメリカ、ザマを見ろ!」と快哉を叫んだ反米な人がいた、と知り、唖然とした。
ちょっと待て、弾劾されてるのがアメリカだけだとでも思ってんの?!
これって、他所から吸い上げることで豊かな国、見たいものしか見ない人々、つまり日本人も含む「私たち」を問題にした話だと思うが?
抜き身の匕首突きつけられて、気付かないのだからおそれいる。
主人公が自分の選択を『とても辛い決断』だと述べているが、あれは嘘だ。
自覚があるかどうかはともかく、彼はこの結末を望んだ。
一人称の主人公が言葉で語ることと、行動が示す内実・思い感じている考えが、違うことがある、と考えない人がいるらしい。
語り手は、いつも真実を語るとは限らない。
それくらい理解する読解力持とうぜ、行間読もうぜ、としみじみ思う。
最後の選択は、どちらかというと、作者が読者(というか社会)に突きつけたと問いかけというか、投げつけた爆弾じゃないかと感じます。
……そうするとながつきさんのおっしゃるとおり、なのかな?
早川としては異常な売れ行きですが、新聞・TVなどでも幾度もとりあげられたのもあるのでしょうか。
お薦め、本当にありがとうございました。
結構前、文庫になって割とすぐ読んでいました。
とにかくまるで「読む」ってことが出来なくなってた時期に、フラフラになりつつ読んでしまいました。
わたしはSF読み(のうえ、神林の多分ファン)なので「神林の後継」云々書きましたが、そうじゃない人から見ると現実の社会情勢を見据えてるだけ、伊藤計劃の方が訴えるものが大きいのじゃないか、とも思います。
ジョン・ポールの行動は、つまり他の国に尻を押しつけて自身の安寧を得ている今の豊かな国々、「私たち自身」のカリカチュアなわけで……
わかっていても、だから今なにができるか、というと……難しいです。
nagataさん
9.11以降の社会情勢と、人間の深層の闇みたいなものを見据えた作品だと思います。
結構重いです。手にとられるならご注意を。
主人公の欺瞞は著者のそれだろうと思います。
文庫は23刷だそう。すごいですね。
興味をそそられる内容みたいですね。
まだデビュー長編、デビュー2作め????
だからか、アラも多いし、
言葉を誤用していたり(しかも痛い誤用っぷり…)はしょうがないと思うのですが、
あの戦争やアクションと、
神林長平並みの言葉と世界とを巡る哲学的でいかにもSF的なコアは、
もっと読みたい…!!!! と強く思いましたよ。
たしか否定されきってしまったのかも(ちょっとよくわかっていません)、
と思うのですが、N・チョムスキーの普遍文法理論を彷彿とさせました。
虐殺の文法をジョン・ポールがばらまかなくても、
それは世界じゅうにくすぶったり炎上している訳ですよね、
もちろん日本においても。
言葉というものがじつは基本的に悪意や憎悪を増幅させることに長けすぎたものかもしれない、
という洞察がこの作品に含まれてると思うのです。