¥Ban_shyu.virdoc(サークルお題)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/10/05 22:52:58
¥Ban_shyu.virdoc (副題:自作10月/「○○の秋」)
<Enter>
中は薄暗い回廊となっていた。
狭い板張りの廊下は踏みしめるごとに軋み、独特の足音をフィードバックする。
スキャンを走らせるが、異常は見られない。トラップなどの障害は無いようだ。
しかし、慎重に歩みを進めた。用心に越したことはない。長い廊下の先は一室へと続いている。
「Fusuma」と呼ばれる横へ開くタイプの扉。
入念にスキャンしてみるが、異常は見られない。
ゆっくりと静かに開ける。
中はがらんとした部屋だった。
部屋は「Wa-shitsu」と呼ばれる「Fusuma」と同じ系統に属する建築様式の作りになっていた。床には草を編んだ「Tatami」が敷かれ、壁には紙に墨で書かれた文字と顔料に墨を用いた水墨画の「Kakejiku」がかかり、木製の棚には風合いを出す磁器、花が活けられている。部屋の奥には床から天井まで届く大きな窓「Shouji-do」があり、その先は庭へと続くちょっとしたテラスとも言うべき「Engawa」となっていた。
庭は外界とを仕切る白い壁に囲まれ、一面には白い砂利が敷き詰められ、砂利は波打つように筋が引かれている。水なき流れを描いた紋様、「Karesansui」が広がっている。樹木は紅葉が配され、庭は箱庭のような庭園となっている。
背景は夕暮れ時で、植えられた紅葉の葉は燃え盛る炎のように真っ赤に色付き、一層紅蓮を引き立たせている。
時期設定が秋なのかもしれない。
「ようこそおいでくださいました」
不意に声をかけられ、思わず身構えた。
しかし、誰もいない。ログを参照するもこのフィールドに足を踏み入れているのは自分だけだ。空調/環境以外で施行されているものはない。
句が響く。
熱き夏は終り、空気は冷たくなっていった。
生い茂る葉は色づき最後の華やかさを放った後に枯れ落ちる。
一枚また一枚と冷たい風に吹かれて、落葉。
一陣の風が吹き抜けた。
なぜ生き続けるのか?
人生の意味とは?
行動の理由と結果の意味。
因果律。
生と言う名の罪に対する死という刑罰。
その執行の時を待っているだけなのかもしれない。
不意に立体的な影の様なシルエット=アバターが出現した。
それは環境に組み込まれた一種のガジェットのようだ。
その影法師は語る。
誰も愛していないわけではないのだ。
家族愛は、隣人愛はある。もちろん同族愛も。
しかし、それに陶酔することはなかった。それに期待や信頼を寄せているわけではないからだ。
おそらく、理解しても、信じてはいないからだ。幾多の奇跡と同じように。
恋愛はやがて家族愛へと変わり、熱は冷めていく。
そして、気が付けば、家族愛などと言うものは薄れ冷めていた。
その既成事実は愛と言うも対するものへの不信感を喚起する。
心変わり、薄れる情熱=不安定かつ不確実なる気紛れな幻想。
それは生の時間稼ぎにすぎない。
結局、結末は始まりと変わりないのだ。
巡り巡って、始まりへと回帰する道。
因果=変化し、永遠を否定するものたち。
孤独×独歩。
肉体は繋がりを、対外刺激を求め、精神に空空寂寂として還元される。
呪縛。
その自ら吐く呪詛が、魂を締め上げる。
ならば儚き夢か。
人生とは。
影法師は何かを暗示するように消えていった。
気が付けばあたりはがらりと様変わりしている。
鮮やかだった景色は、閑散とし寂れていた。
空はうす曇りの灰色に変わり、紅葉すべて枯れ、落葉し、散っている。
一陣の冷たい風が吹き抜ける。
間もなく冬が訪れよう。
手足は指先から冷たくなっていき、やがて動かなくなってしまうだろう。
年が暮れ、明ければ、やがて春が訪れる。しかしそれは、物理。天体の公転による気候変動に過ぎない。現実という名の因果律。
しかし、魂の時間はそうではない。
その時計の針を進めることができるのは、自らだけだ。しかし、その指は凍てついて、感覚が消え、ついには動かなくなっていく。
熱き情熱を、それを喚起させるものはなにもない無い。
そう、ここには何もない。
暮れてゆくだけだ。
<Out>
現場から押収された外部記憶ファイルを、刑事は作業電脳にアップロードした。
それがいまの「晩秋」というタイトルの疑似体験プログラムだ。
発見された遺留ファイルのほとんどを参照したが、失踪者の足取りを掴めるような情報はなにもなかった。
その内容はてんでばらばらで、複数の思想、精神、理念が入り乱れ、ある種のカオスを形成していた。
ただそれに共通するのは、現実に対する疑念だった。
最近、この手のケースによく出会う。
電脳遊離。という言葉が脳裏に浮かんだ。
発達した情報流通網は現実逃避を可能にするのかもしれない。
脳を電脳に接続したまま意識が戻らなくなる事例が報告されていた。
原因は接続者自身の身心的問題だという見解もある。
もしかすると、それは、現実に対する虚実からのささやかな仕返しなのかもしれない。
失踪者の肉体は既に朽ち滅び去り、その魂はいまも電脳へと溶け込み、さまよい続けているのかもしれない。
あの影法師の様に。
救われない魂は死さえも超えて、どんな夢を見続けるのだろうか。
END.
私も電脳世界から戻ってこなくなるんだろうなぁ、と思ってしまいます。
現実ではないのに、現実のように、現実より美しく作られた世界。
電脳の世界に「詫び寂び」が見えるような気がします。
当たり前のようなネット社会。
私も、気をつけようと思います。
現実と虚実の反転。でも信じるものにとっては、虚実こそが現実なのかもしれませんね。
コミュニティー、生物としては、黄昏ですね
拝見しました
現に私もこうして暇さえあればネットに接続しているわけですし…
近い将来こう言う事が日常化しそうで怖いですね
日本文化の描写がとても正確で、イメージしやすかったです。
人の思いも季節の移り変わりのように冷めていってしまうのでしょうか。
そう思うとなんだか切なくなります。