11月自作「山/『亀の御山(クィのおやま)』」
- カテゴリ:自作小説
- 2010/10/28 06:05:00
・・・これはまだ人間が自然を「神」と敬っていた頃の話しである。
『御山(おやま)がきれいだ……』
真っ赤に染まったた御山のふもとを見上げながら、亀(クィ)はブルッと一つ武者震いした。これから御山に仕掛けた罠の回収に行くのだ。
晩秋を過ぎて日一日と肌寒さが身に沁みてくる中、おそらく今日が御山における最後の狩猟日になるだろうと亀は考えていた。「御山のふもとが赤く染まったらもう今年の狩りはできない」と代々言い伝えられているからだ。
言い伝えどおり、赤く染まった後の御山には鳥獣の声が響かなくなる。亀は鳥獣の声を聞くことで狩猟時期を判断する山住(さんか)の一族なのだ。
早朝、真っ白な息を吐きながら細い山道を登り、途中目印を付けたところに来るとその都度仕掛けてある罠を確認する。もし途中で獲物が掛かっていても一旦素通りし、山の一番奥に仕掛けた罠まで行った後、降りてくる道すがらに獲物を集めるのが狩りの手順だった。
数時間後、一番奥の罠を確認し終えた亀は、中食を済ませると早速御山を降り始めた。今年は寒さの到来が早いようで、途中確認した罠に掛かっていた獲物は数えるほどしかいなかった。
半ば気落ちしながらも、ふもとに戻るまでに新たな獲物が掛かっていないかと淡い期待を抱きながら亀は御山を降って行った。
すると突然、1匹の野鹿が目の前に飛び出してきた。こんなことは奇跡以外の何物でもなかった。そもそも獣が人が歩いた道に出てくることなどないからだ。
『御山の神の御導きだ!』
亀は思わぬ大物との出会いに、手にした槍棒をす早く突き出した。すると、見事に野鹿の後ろ脚に突き刺さり、野鹿はドウっと音をたててその場に倒れ込んだ。
亀はすかさず駆け寄ると、手にした石斧でザクッと野鹿の喉元を横に薙いだ。溢れ出る血に塗れつつ、ピクピクと体を痙攣させながらしばらくして野鹿は息絶えた。
『御山の神、有難し!』
亀は野鹿の血に指を浸して自分の額に塗りつけると、その場に膝を折って恭しく石斧を掲げながら何度も神に祈りを捧げた。狩りの成功は神の思し召しであり、必ずすぐに感謝の祈りを捧げねばならなかったのだ。ましてや野鹿を仕留めるなど個人ではほとんど不可能な出来事であり、亀は嬉しさのあまり、我を忘れて祈りに没頭した。
すると、祈る亀の背後の草むらが揺れたと思った瞬間、亀の身体は野鹿と折り重なりながら山道の先へとふっ飛ばされた。そこには真っ黒で大きな熊の姿があった。
『熊の領分に入ってたか……これが御山の思し召しか……なら仕方ない……』
一撃でアタマを割られた亀はこう呟くと、薄れゆく意識の中で降っている山道の先に目を向けた。そこには林間からふもとの景色が見えていた。
ただ亀の目には、何もかもが真っ赤に映るだけだった・・・
古き良き時代の物語のように感じました。
わきまえなければ命にかかわる。
そのことを理解している人間とケモノと自然。在りし日の、世の姿ですね。
凄惨な最期なのでしょうけれど、最も自然に、
ある意味で正しいだろう近い生き方をしている亀は美しくもあると感じました。
視点が面白いと思いました。
山と狩り。当然、冬に備える狩猟と思いつつ読み進むと、そこには山の摂理に適った結末がありました。
山住(さんか)の一族。
山で暮らす者たちのお話が、他にも書けそうですね。
いい作品でした。
*誤字(?)
言い伝えどうり ⇒ 言い伝えどおり(通り)ではないかと。。。
山も紅葉も 自然に生きる動物も、現在よりもずっと人と近かったのですね。
亀(クィ)の最後の言葉は、人だけの言葉ではなかったのかもしれません。
「女人禁制」の山は もしかすると元々は
“女性を守りたい”という 男性の優しい想いから生まれたものかもしれないと思いました。
素敵なお話を有難うございます。
ぷりっぎゅとかだったら
もっと良かっただろうなぁ・・・って、なんのこっちゃ♪www
熊が飢えのために民家に下りてきて射殺されるニュースで
にぎわっていましたね 互いに互いの領分は侵さず
必要な分だけの命を頂く・・そんな昔の生活は今よりも
もっと命を大事にしていたように思います
弱肉強食の世界 それも自然なことなのでしょうね
最後に目に映った景色を想像して・・目に沁みる思いです^^
亀の最期の台詞は潔さが感じられて、とても良いですね。
彼の覚悟が伝わってきます。
深みのあるお話に感服いたしました。
> 「なら仕方ない」
自然の中に生きる者の潔さを、心地よく感じました。
何事もなかったような、それが自然の流れのように
人も動物も同じ命の重みの中で生きていく サンカ達。
とっても素敵なお話でした。
ありがとうございます。
生きているというのは、本来こういうものなのだなあ、と改めて思いました。
世界の中の一つであるのですね。
改めて、そう感じました。
サンカ
あるがままに
ですね
なかなか優れていると思います