3月小題 ひな祭り/「おばあちゃんのお雛さま」
- カテゴリ:小説/詩
- 2011/03/04 00:48:34
「ウチにはね、古いお雛さまがあったとよ……」
テレビに映るひな祭りの様子を見ながら、おばあちゃんは感慨深そうにそうつぶやいた。それは今で言う七段飾りの大きくて立派なお雛さまで、僕の知らない曾祖母が持っていたものだったらしい。
「そん時あたしは小学校2年で東京に住んどったとよ。でも戦争で租界せにゃならんごてなってね。人形は持っていけんからて、床下の防空壕の中に置いてったたい……」
おばあちゃんたちはそれから1年間を疎開先で暮らしたが、戦争が終わって元の住んでいた場所を曽祖父が尋ねた時、そこは一面焼け野原になっていたという。当然ながら床下の防空壕など跡形もなくなっていたそうである。
「マキエがこまか(小さい)頃は生活するのがやっとだったけん、お雛さまなんか買ってる余裕なかったとよ。ああ、あん人形が残っとったらどぎゃん(どんなに)良かったろかね……」
おばあちゃんはそう言いながら、テレビの中で豪華に飾られたお雛さまを羨ましそうに見ていた。
「あんたたち兄弟のどっちかが女の子だったらね……こぎゃん(こんなに)見しゃん良か(見栄えの良い)人形ば買うてやったとにね(買ってあげたのにね)……」
おばあちゃんは、兄弟のどちらかが女の子じゃなかったのがとても残念でならないらしく、もう一息で7桁に達しようとする高額な雛人形を指差した。
『おばあちゃん、そんな高いものじゃなくて良いから今出てたお雛さまの10分の1を現金で戴けると非常に嬉しいんだけど……』
僕がそう言った途端、
「……ああ、マキエの子が女の子じゃなくて良かったばい。余計な金ば遣わんで助かるけんね」
おばあちゃんはそう言うと、テーブルの上にあったサイフをすばやくエプロンのポケットにしまいこんだ。
僕は、思い出と現実の違いをまざまざと悟らされた・・・
-おしまい-
拝読させていただきました。
最後の落ちがいい感じですね。
おばあさま、大変現実的!
方言で書かれているお話は、あたたかさを
なんとなく感じることが出来て好きです。
拍手を送りたくなりました。
最後の落ちが秀逸ですね、思わずクスリときました。
九州人なので作中の方言に、
不思議な安心感を感じました。。
お祖母さんと孫の男子って、こんな感じかなと微笑ましく思いました。
七段飾りって、高いんですね。
孫に高額な雛人形を買ってあげたいけど、女の子じゃないから
「残念ながら」買えないっていう空想は、お婆さんを気持ちよく
酔わせているのですね(笑
このお婆ちゃんは振り込め詐欺被害には会いそうになくて
安心です(笑
実家にも江戸時代の七段飾りがあります。
祖母は末娘であった叔母を溺愛。私の従妹にあたる愛孫娘のために、
内緒で実家から持ち出して飾ってやり、
そのまま置いていたら、
叔母のご亭主は麻雀狂であったため、このお宅は破産。
夜逃げ同然のドタバタの中で粉々に壊れて戻ってきました。
色即是空、諸行無常、人形久月(←最後は意味なし)。
話って、美談なんだけど、やっぱり、「そのとき」が大事だと
私は思っています。
そのとき、そのときを大切に全力で生きて行かねば、と思って
日々暮らしています。
のちのち良くなることも大事だけど、その瞬間もやっぱり生きて
いるのだから。