Nicotto Town



三題噺:紫陽花 雫 海 の続き

そういえば、朝ちゃんと出合ったのもちょうどこの時期だった。
南側を海に面したこの町では雨の降り始める場所ということ以外にもう一つ不思議な現象がおこる。
町の東では青紫、西では赤紫の紫陽花が咲くのだ。
まるで見えない線があるかのようにきっぱりと分かれている。
そうして町の中心にある神社の庭にだけ、二色の紫陽花が咲く。
その紫陽花から垂れる雫がダイヤモンドにも匹敵する最も美しいものと当時の新聞には大きく取り上げられていた。
普段はひっそりとして人もまばらな神社だが、この時期だけは露天もでて色とりどりの傘の販売が行われ、紫陽花の雫を観る人々で週末ごとににぎわう。
父と母と小夏は買ったばかりのピンクの傘で勇んで神社へ出かけたのだった。
けれど思った以上の人で、上を向けば曇り空と傘ばかり。
美しい光景に見とれていていつの間にかつないでいた手を離してしまっていた。

「お父さん?お母さん?」
あわてて見回すが自分の傘も邪魔をして回りがよく見えない。
「うそ。どうしよう・・・」
涙がこぼれそうになる。まだ、家への帰り道もきちんと覚えられていないのに。
「お母さん!」
声を張ってみるが、返事はない。
ざわざわと足音のみが大きくなるばかりで、先ほどまでキレイだった傘も大きなおばけのような気さえしてくる。
「いやっ」
少しでもこの場から離れようとしたときだった。
「こっちよ。そこは人が多いから。」
後ろから服を引っ張られて、スッと視界が開けた。
紫の花が赤と青とか違いに咲き誇って目の前に広がった。
「あ・・・」
キレイと言おうとして声がでない。
するとまた「迷子でしょ。ここの方が見つけてもらえるよ。」と少し上から声がして見上げるとおかっぱの紺のワンピースを着た女の子が立っていた。
下げているバックに小夏の小学校の隣にある中学校の紫陽花の校章が見えた。
「あ、ありがと。」
突然のことに眼をぱちぱちさせながらなんとかお礼を言うと、
「いいわよ、この時期多いの。私はここの神社の娘。あなたは?」
その女の人がふんわりと笑う。
「にいの、こなつ」
小夏は嬉しくなって満面の笑みで返す。
「泣いた顔がもう笑うのね。」とその女の人がまたふんわりとわらった。
「どういうこと?」
「言葉通りだけれど、わからなくてもいいわ。私はあさこよ。樋口朝子。」
「朝子さん。」
「そう。おうちは近いの?」
「うん、お父さんとお母さんと歩いてきたけどはぐれちゃった。」
「なら、もう少しここにいればきっと見つけてくれるわ。ピンクの傘のお嬢さん」
朝子が大丈夫というようにうなずく。
「ほんと?」
自分の傘を褒められているようで嬉しくなって勢い込んで聞き返す。
「ほんとよ。だってみんなこの紫陽花を見に来るんですもの。ここを通らないはずはないわ。」
「え?ここ新聞に載ってたお花のあるとこ?」
「そうよ、その目の前に広がってるのがそう。」
そういわれて先ほど見える限りいっぱいに広がった紫の花が紫陽花であったことに気づいた。
小雨が花びらの先へと降り注ぎ、少しずつ集まっては、すーっと葉の先へ流れていくのが見える。
「よくみててごらんなさい。」
横から朝子が囁いた。
上の方の小さな葉に流れ落ちた水滴がさらに中段の葉に、そして再びツーっと音がするように一番したの葉への流れ落ちた。
次の一瞬、大きな雫に観客の色とりどりの傘の色が吸い込まれてキラキラと輝くのが見えた。
見えた、と思った瞬間には消えていて、小夏は目を瞬かせた。
「すごい!」
っと喉から声が出た時
「小夏!!」
と父と母の声がして、顔を上げると二人の姿がこそにあった。
「またね。」
涼やかな声が耳元でして小夏は振り返って手を振ると両親の元へかけよった。

あれは、6月の最後の週末。15年前の私。
あれほど美しいものが他にあるだろうか。それを今年はみれないかもしれないなんて。
そう思ってあっと気づいた。
「ねぇ、朝ちゃん。そういえば、15年前のあの時も最後の週末にやっと降ったんだったよね。雨!」
嬉しさのあまり思いのほか声が大きくなってしまうい、顔を上げてここが職場だったことに気づく。
ハッと息を呑むのと同時に。
横から
「バカね。誰もいなくてよかったけど、気をつけなさいよ。」
と朝ちゃんの澄んだ声がした。手の中の本は無くなっていて整理は終わったようだ。
「手も止まったまま。」
「あ、すみません。」
大きな声を上げたのが恥ずかしくて、泣きたくなる。先輩と後輩であることも思い出す。
「でも、確かにあの時は、最後の1週だけ雨が降って紫陽花の雫もいっそう大きかったわ。」
そして思い出したというように朝子がうなずいた。
「そうでしょ?きっと降るわ、きっと。」
叱られたことも忘れて嬉しくなってにっこりする。
ふふ。と小さな笑い声がして。
「泣いた顔がもう笑うのね。」
そう言う朝子の眼が「仕方がないわね、この子は。」といっている。

窓の外には、青紫色の紫陽花。
図書館の外ではいつの間にか、陽射しに影が出来て、海から湿った暖かい風が吹き、西の空から雲がわいてきていた。

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2011/06/26 18:04
>秋夜さん

コメントありがとうございます。
褒めていただけてうれしいです。
自分のイメージを伝えるうえで描写は大事ですが、だからこそ難しいですよね~。
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2011/06/25 08:14
初めまして
サークルからです

説明・情景描写が多くて本物の作家さんが書いたみたいでした
描写が苦手な私は羨ましいです
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2011/06/18 22:29
>ヒロトさん
初めまして。サークル仲間ですね♪
よろしくお願いします。

感想もありがとうございます!
さっそくのコメントで恥ずかしいやらなにやら、感動しています。
初めて書いたのでそう言っていただけるととても嬉しいです。


>唯梨さん
初めまして!&これからよろしくお願いします。

初めて書いたので、どんな長さでいいのか分からなくて思いつくままにすすめてしまいました(>_<)
唯梨さんは、短編の方がお得意なんでしょうか?
投稿されるのを楽しみにしています。

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2011/06/18 21:47
サークルから来ましたノノ

全体的にいいと思います!!
長編がお得意のようで羨ましい><
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2011/06/18 11:41
サークルの者です
おもしろいと思いました
まとまってると思います



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