【6月期小題】「雨/『伝説の雨』」続き
- カテゴリ:小説/詩
- 2011/06/29 04:06:08
- つづき -
遂王・蓮(すうおう・れん)は、蚩王・尤(しおう・ゆう)の姿に思わず目を伏せた。それはほんの一瞬のことだったが、彼にとって生涯最も長い瞑目の時間に思えた。
だが、その瞑目は尤の声によって破られた。ただ一人、真っ直ぐ遂王に向かって行った尤が、弓の射程に入った瞬間に雄叫びを上げたのだ。
「蓮よ。我との約定、たがえるな!」
雄叫びに目を見開いた蓮は、手にした刀を振り上げると迷いを振り払うように号令を下した。
「放てーっ!」
蓮の前に居並んだ弓弦の音が鳴り、数瞬後、突き立つ矢の音が草原の周囲に響き渡った。その瞬間、遂軍には沈黙が、蚩軍からは嗚咽の声が流れてきた。
「尤、す、すまぬ…」
蓮は、小さくこう呟くともう一度目を瞑った。そこには、無数の矢を正面から受け、天を仰いだまま倒れている親友の姿があった……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
降り出した雨を見たとたん、人々はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。今、目の前で奇跡を見ているからだ。
「尤。す、すまぬ…」
遂王・蓮は、黄土が黒く染められていく様に身体の震えと涙が止まらなかった。
干上がった黄土に雨を呼んだ巫女・華は、降り注ぐ雨に涙を紛れさせながらそっと自分のお腹に手を置いた。華は尤の子を身篭っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
遂王・蓮は、この出来事の後に自らの名を「人(れん)」に変えた。
そこには、神の力に敗れて友の命を失わせた自らの無力さに対し、『我(王)とは神ではなく人である』という意味が込められていた。
のちにこの一族は、遂人氏(すいじんし)という名で中華の伝説の中で語り継がれることとなった。
また、のちに竜(ろん)と名付けられた華の子は、蓮の後に遂国の王となり、新しい食として家畜を養う知識とそれらを生贄として捌く知恵を広め、厨(くりや)と儀式を司るという意味を持つ「庖義」(ほうぎ)=伏義(ふくぎ)と呼ばれるようになった。
伝説の中で、伏義は中華最初の王とされている……
- 完 -
歴史もの、しかも海外の!
友情をからめたお話で、とても面白かったです^^
史実にはうといので、最初からフィクションとして読ませていただきました。
国を乗っ取る形でしか解決できなかったというのが悲しいですが><
雨乞いの話は私も考えたのですが・・・梅雨まっさかりに書いたので、
季節にそぐわないとボツにしちゃいました^^;
猛暑日なんてあるこの頃ならすんなり読めて、難産がいい結果に繋がったように思います^^
また次回も楽しみにしていますね^0^
実は、どういう風に小題「雨」に結び付けようかと悩んだ挙句、当初は巫女・華が雨を呼ぶ物語にしようと思ったものを改めたものなのです。
これは逸話に出てくる中華の人物・一族を私がアレンジして書いたもので、歴史過程はメチャクチャなのでどうかご了承くださいませ・・・(汗顔の至り)
殷以前の部落・都市国家間の水利権を巡る抗争の物語。日本だと彼らが本格的に移民してくる弥生時代からですね。縄文の人たちは新石器時代水準にあり、三内丸山のような都市といえるほどの大集落も存在し、栗を栽培する農耕もしていたのだけれども戦争だけはしなかった。
文明=戦争の発生という説があり、長らく定説になっていましたが、南米の初期都市国家の発掘調査から案外とマザーシティーが周辺集落と交易して発展していくが戦争はなく、急激な人口密集で下水技術が未熟であること、焼き畑で都市周辺部生態系を壊した結果、居住不適地にしてしまい文明が滅びるというパターンを繰り返す。それが初期古代文明だと訊き驚きました。
初期古代文明の興亡は戦争よりもエコがカギを握っていたとは……。
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