Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(2)

 「アレク、ちょっと来なさい」
 邪魔者を追い出した後、大過なく講義を終え、履修手続き用紙を回収した学長先生が、退出間際に「声」を飛ばしてきた。わずかだが「声」が苛立ちの色を帯びているので、何かお叱りを受ける事になるのだろうが、心当たりがない。幸か不幸か、次の時間は隔週講義で、今週は空きだ。
 覚悟を決めて学長室に入ると、そこには先客がいた。ソファに脚を組んで座り、膝の上で広げた本に見入っている。室内が少々蒸すせいか、上着は脱いで、シャツの襟元と袖口を寛げている。どうやら俺と同様に、次の時間は空きらしい。
 「さっきの授業、どうしてあんなに後ろの方にいたのかな?」
 ……なるほど。そこを突いてきますか。
 「しかたないでしょう。俺が入ったときには、もうあらかた席が埋まっていたんだから。しかもどういう訳か前の方から。クリスの周りが新入生で固まっていただけでも幸いでしょう」
 まあ、前から埋まっていったのは、多分クリスのせいだろうし、前の方が空いている傾向があるって教えたのは俺なんだから、その点は反省していないわけでもないが。
 「では、なぜ一時間目から、そんなギリギリの時間になったんだね?」
 「いつものことですよ。セシリアが昨夜熱を出したんで、見舞いに行っていたんです。…あの規則、なんとかなりませんか?」
 「どうにもできんよ、わたしには。そんなに妹が心配なら、早く卒業するんだな」
 「…妹?」
 人が詰問されている横で、ずっと魔法書を読んでいた先客、クリスが初めて口を開いた。
 「あぁ。紹介がまだだったな。こいつには七つ下の妹がいるんだ。うちで預かっているんだが、体が弱くて、ここに付属の療養所にいることが多い」
 療養所といっても、常勤の医師が一人と、二床の病室が四つほどあるだけだ。その代わりと言っては何だが、薬の方はかなり充実しているが。
 「規則って?」
 寮則についての説明は、入寮時に受けているはずだが。
 「夜間外出禁止」
 忙しかったので入寮規則の冊子を手渡ししただけで済まされてしまったかもしれない。確かあの日は、女子寮に九人、男子寮に十一人入寮したはずだ。
 「破るとどうなる?」
 「かなり痛い目に遭う、らしい。なんでも、毎日正更から夜明けまで、建物全体が結界に包まれるようになっていて、無理に突破しようとすると、自動的に反撃を食らう、とか」
 「不測の事態があった時は?災害とか…身内の不幸とか」
 …そこまでは知らないので、学長の顔を窺う。
 「……建物が損壊するような災害ならば、結界も自動的に解ける。それ以外の緊急事態の時は、責任者の権限で緊急通路を開く」
 「責任者?」
 「寮の場合だと舎監だが……どうやって開くのかは、教えられない。君に教えたら何をしでかすかわからないから」
 「しでかすって……人聞きの悪い。私は母とは違うぞ?興味本位で何かやらかしたりはしない。……と、思う」
 おぉ。一週間前の顔合わせ以来、初めてこんなに長いセリフを聞いた。
 学長直々に、面倒を見るように頼まれたので、あちこち連れて歩いたが、その間発した言葉といえば、説明の復誦と、指示代名詞と、「わかった」だけだったのに。
 「それに今のところ、何かしでかす必要もないし。必要なのは、アレクの方だろう」
 必要があっても、何かしでかす気はないんだけど。俺としては、なるべく穏便に卒業して、安定した仕事に就くのが目標なんだけど。
 学長の顔がこちらを向いたので、高速で首を振って否定する。
 「滅相もない。そんな後見人の面目をつぶすようなこと、考えたりなんて…」
 「それで、一度会わせてもらえないか?その妹――セシリアに。アレクの妹なら、素質はあるんだろう?」
 「素質?そりゃ、あるが、ああも体が弱くては…」
 「それに、今のあなたを会わせたら、絶対に勘違いすると思うし」
 「勘違い?」
 とたんに表情が変わった。
 手にしていた本を脇において、ゆっくりと立ち上がる。
 「何を、どう、勘違い、するっていうのかな?」
 つかつかと歩み寄ってくる。一歩半ほど離れたところで立ち止まって、こちらを睨みつける。それ以上近づかないのは、小柄なクリスがこちらを睨みつけるのには、見上げなければならないから、なのだろうが…
 正直に答えたら噛みつかれそうだし、答えずにいるのも具合が悪そうだ。
 「それ以上いじめないでやってくれないかね?クリスティーナ姫」

#日記広場:自作小説

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2009/09/01 03:09
姫?
騎士がでてくるのかなあ。



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