もうひとつの夏へ 【序章】
- カテゴリ:アルバイト
- 2011/08/25 19:25:20
僕は、一体なにをしているのだろう?
30mほどのそびえ立つビルを見上げながら、恭介は考えていた。
(こんな夜更けに彼女にバッタリ会うなんて)
塾の帰りだろうか? 角を曲がり、雪美と出会ったのが、ほんの数分前…。
角を曲がってすぐ、くるりと180度回ってもどるのはかなり怪しい。
だからといって、そのまま大富豪ビルに飛び込む理由も僕にはない。
ならどうする?
思考はまとまらず、かなり慌てていた。
どっちに行けばいいのか判らず、かといって立ち止まることも出来ず。
素っ頓狂な声で、雪美に話しかけてしまった。
「あ~~、やぁ…!」
およそ、どこの世界でも通じないであろう挨拶を雪美にした。
おそらく傍から見ていれば、さぞ奇妙なシーンに映ったことだろう。
雪美は目を真ん丸くして多少驚いたようだったが、すぐに視線をビルに投げかけた。
このビルの屋上から俯瞰で見る景色は、さぞ素晴らしいものだろう。
きっと海の果てだって見えるかも知れない。
恭介の脳裏には鮮明に浮かび上がるものがあった。
それは遠い日の約束…。
(そうだったな、彼女を、屋上まで導いてやるって約束だったな)
「雪美、時間あるか?」
そう言うと彼女の返答を待たずに右手を取り、ビルを登りはじめた。
彼女を気遣い軽やかにとは、いかないけれども確実に少しづつ…。
力強い足音と、か細い足音が、タウンにこだました。
やがて直角に鳴っていた足音は、平面へと辿り着いた。
大富豪ビルの屋上。
ここが終着点、旅の終わりだ。
二人はしばらくの間、下を行き交う人々を無言で眺めていた。
まるで屋上だけ時が、止まったように…。
静寂だけが2人を見つめていた。
漆黒の先にあるのは海だろうか?
空と海との境界線に光はなく、その区別は付きにくかった。
汗ばんだ手を胸で拭いたその時、上着の内ポケットに何か違和感を感じた。
違和感の正体を確かめるべく内ポケットから物を静かに引き抜いた。
すると、途端に現実へと引き戻された。
それは何度も雪美に出そうとおもって諦めた、
少ししわくちゃになったラブレターだった。
(ひょっとして、これってチャンスなんじゃ?)
覚悟を決めてその手紙を強く握った瞬間、隣の雪美が声をあげた。
「ねぇ なにか光ってるよ?」
先程まで漆黒で何も見えなかった場所にほんの少し明かりが見えた。
か細い光はやがて、空と海とを明確に分ける境界線となり
月は今にも、顔を覗かせそうだった。
不意に訪れる静寂、けれど沈黙を破る気にはなれなかった。
それは、雪美も一緒なのだろう。
2人とも、ぼんやりと遥か彼方の光に魅入っていた。
やがて白色だった水面が、鏡のような銀色に変わる。
手鏡のような月が、水面から出ると光を反射するかのように
光の道が瞬時に伸びてきた。
そして、その道は一直線に2人の足元まで届いていた。
その光景を見ても何故だか声は出なかった。
絶句とはこういうことを言うのだろうか?
あまりに美しすぎる光景は
儚いガラス細工のようで、声を発したら直ちに壊れてしまいそうな気がした。
(本当に綺麗だ、光の道バージンロードってこういうものなのかな?)
そんなことを思い浮かべたが、すぐにかき消した。
(なんでバージンロードなんだよ!雪美のコトを意識しすぎだろう)
いつ手放したのかはわからないが
握り締めたラブレターの感触はいつの間にかなくなっていた。
代わりにあったのは雪美の手の温もり。
あまり力の篭ってない雪美の手を強く握り返す。
すると、雪美も呼応するように強く握り返してきた。
ぎゅ
ぎゅ
ぎゅ~
ぎゅ~
なんとなくおかしくなってつい笑ってしまった。
雪美も、隣で声を上げて笑った。
登りきった月は、確かにその時二人の笑い声までも照らしていた。
言葉のひとつひとつがとても繊細で素敵です(*´ω`*)
また、続きも読みますね!