Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(10)

 個人個人の時間割が決定するまでの約一月、学内はどこかお祭りじみた賑やかさに包まれる。もっぱら賑わせているのは新入生だが。ちなみに、卒業の時期は年に一回だが、入学の時期は、年に二回、春分と秋分の時期にある。
 初日から精霊やら幻獣やらにまとわりつかれていたクリスは、身につけるすべての物に「不可視の魔法陣」と「回避の魔法陣」を付けることにしたとかで、授業が開始して二週目にはそういったモノたちにたかられなくなっていた。
 「ほんとのこと言うと、追い払うのが辛くて辛くて。でも、消滅させてしまうよりはましだから」
 「…ちょっと聞いていいか?どうして近寄ってくるモノたちが消滅してしまうってわかるんだ?クリス自身が可愛がってた連中は、無事だったんだろ?」
 「それは……王宮で目撃したんだ。シルフとかスプラッシュとかが、陛下に触れて砕け散るのを。あの人自身は気付いてないみたいなんだけど」
 「…とか?そんなにしょっちゅうなのか?」
 「私が直接見たのは、三回」
 「…それは…多いんじゃないかな。素人考えだけど、王宮にそんなにたくさんの幻獣がいるとも思えないし」
 「完全に野生、っていうのは少ないけど……魔法使いは結構いるから、この辺をうろうろしているようなのは、結構多い」
 「……専門家の意見は聞いた?」
 「専門家?」
 「幻獣の…研究者とか」
 「母が詳しかったけど……そういえば、人に封じられた状態になると、少し生態が変わる、と聞いたな。まさか自分がそうなるとは思ってなかったんで、そんなのものなのか、って思っただけなんだが…」
 「王宮の人には?」
 「……さあ?あそこの人たちは、私が「龍の存在が感じられない」っていう方が問題らしくて。そういう話を聞いてくれる雰囲気じゃなかった」
 「ここの教師には?」
 「誰に相談すればいいかわからない。アレクには、誰か心当たりが?」
 そう言われてもこっちにも心当たりはない。何しろ、幻獣憑きはもちろん、幻獣使いになる気もなかったので。
 「「幻獣分類学」フェイ・リンデル……」
 クリスが、「今期の開設科目一覧」を取り出して読み上げ始める。
 「「幻獣生態学」ドレイク・アロウェイカー…「幻獣捕捉学講義・実習」マリエル・ダナ、フェイ・リンデル、サムエル・マクス……アレクのお勧めは?」
 「ごめん。みんな面識がない。上司の意見を聞いたほうがいい」
 「上司?…ああ、「学長」のこと?」
 「ああ。あの人なら、能力的のことはもちろん、ひととなりも把握してるはずだから。ここの教師をやっているような魔法使いは、誰かのお抱えになってるのとか、街なかで開業しているのに比べれば、俗っ気が少ないのが多いけど、事が事だからね」

 学長ご推薦の専門家は、意外なことに、「事務職員」だった。
 実際に会ってみて、その理由がわかった。彼女自身が「幻獣憑き」なのだ。それも、複数の幻獣を封じている。
 「お忙しいところをお邪魔して申し訳ありません」
 学内のすべての事務職の長であらせられる、ローズマリー・サザーランド女史は、ある意味、学内で最も恐れられている人物だ。ハーブの種から学内大聖堂のパイプオルガンまで、ありとあらゆる備品・消耗品の管理を担っている、ということで。
 だから、人や物が忙しく行き来するこの時期は、とても忙しいはずだ。
 「忙しいのが判っているのなら、来ないでいただきたい。でも」
 女史は自分の事務机の上に積み上げられた書類の山を二つに分けて、若手の事務職員の机の上に積み上げた。
 「何もかも自分でやってたら、下の者が育たない、というのも正論ですから」
 そう言いながら立ち上がると、
 「こっちは承認済み書類、こっちは不備書類。返しておいてね。不備の方は、何が不足しているか、を明らかにしてね。それから、私のところへ書類を廻すときは、何回も言っているように、優先度の高い順にして。解った?」
 てきぱきと部下に指示しながら、こちらへ向かってくる。
 「で、ご用の向きは何?アレクサンダー・ロジェ。それとも、用があるのは、クリスティーナの方?いずれにしろ、外へ出た方がいいわよね」
 面識がないはずなのに、名前を言い当てられて、少々面食らったが、考えてみれば、入学志願書類は、一度はこの人の手を経由するから、卒業や中退した人も含め、すべての学生の顔と名前は一致している、のだろう。
 先に立ってすたすたと歩く女史の後を慌てて追いかける。

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