「契約の龍」(15)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/13 16:59:35
泣きじゃくる(ふりをしている)クリスを伴って、図書館へ向かう小径に設置されたベンチに座る。ハンカチを取り出して、手渡してやる。
「ほら、泣きやんで。どこから寵姫、なんて思いついたんだ?」
「…だって…」
ハンカチを顔に押し当てて、俯くクリス。
「国王夫妻には、王子、王女がいないので、重臣たちがそういう女性を頻りに送り込んでくるって。…他ならぬマルグレーテ妃が言ってた」
ハンカチ越しに、くぐもった声が聞こえる。念のため、あたりを探ってみたが、耳をそばだてている存在の気配も、会話を拾うような魔法の気配もない。
「……よく解らない人だな、その王妃も」
「実際に、そういう人が王宮にいるのも、何回か見た。あ、連れてこられるところをね。何やら言い含められてたり、数日でいなくなっちゃったりするんで、あれはどういう人かって聞いたら、そう言うお役目の人だって」
「…やれやれ」
「本当は、私がそのアウレリスだ、って言おうかと思ったんだ。だけど、どういうつもりかわからないから、ここはごまかす方向で行こうと」
確かにナイジェルは、「気の置けない」というタイプの人間ではない。
俺の偏見かもしれないが。
性格も明るくて、教師の多くにもかわいがられている。優等生というほどではないが、そこそこ実力もある。人当たりもまあ、悪くはない。
だが、どことはなく、裏があるような感じがするのだ。本心を人に見せない、というか……
……人の事は言えた義理ではないが。
「だが、ごまかしきれてはいないだろうな、あれは」
どちらかというと、あたりの目を気にして、ひるんだ、といったところだろう。
「ちょっと演技が過剰だったかな。参考にしたのが、自分とはかけ離れたタイプの人間なので」
「ちなみに、それはどこの誰か、というのは教えてはもらえないかな?」
「…どうして?」
「なるべくそっち方面へ近づかないようにするため、かな?」
クリスが、泣きまねをしながらふき出す、という器用なことをやってのけた。
「…たぶん、アレクは一生会う機会のない人だと思うよ。それにもう結婚して、大分丸くなってるし」
という事は、少なくとも学内の人間ではないわけだ。
「……それは良かった」
「でも、ああいうキレ方をする人間は、結構いる、って祖父は言ってた」
「おじいさんって、実は名家の御曹司だったかもしれない、っていわくの?」
「そう。…父方の祖父とは面識がないから」
そりゃそうだ。先王陛下が亡くなったのは四年前。孫の存在など、知りもしなかっただろう。
「で、その噂って言うのは、本当なのか?」
「父親との折り合いは悪かった、って言ってた。代替わりして、多少関係は修復したみたいだけど、あまり友好的、ともいえない。これのことだって」
クリスの言う「これ」は、たいてい「金瞳」のことを指している。
俯いているのでよくわからないが、多分、今も胸を押さえているのだろう。
「たまたま、祖父が病気になって、たまたま、大伯父がどこかへ行くついでに見舞いに寄って見つけられたりしなかったら、王宮なんて経由せずに、直にここに放り込まれてたと思う」
「でも、そうしたら、お父上には会えなかったのでは?」
「それならそれで、私は別に構わなかった。会わない方がよかった、って言ってるわけじゃなくて……また私の話ばかりしているな」
「そりゃ、こっちは人に語って聞かせるほど波乱万丈な身内はいないから。…そろそろ顔を上げてもいいと思うぞ」
あたりの人影も、大分疎らになってきた。
クリスが顔を上げて、ゆっくりとあたりを見回す。
「あ、いけない。図書館の閉館は何時だった?」
「基本的には、ずっと開いてるけど、例の規則があるから」
「そう、か。ありがと。じゃあ、調べ物があるから、これで」
そう言って立ち上がり、図書館の方へ走り去って行く。