契約の龍(22)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/16 08:44:58
「…よく考えたら、どうして俺がここにいるのか、解らないんだが」
「まあまあ、どうせ別に、休暇中行くところの当てもないだろうに」
当てがなくても一向に困らないが。
「でも、こうしている間に、セシリアがまた熱を出したりしていたらと思うと…」
「アレク。ポチを預けてから、セシリアはそれほど大きくは体調を崩していないだろう?セシリアがアレクの不在を寂しがって体調を崩す、というなら別だが。それに」
華やかだが、地味な色の少女服に身を包んだクリスが口を挟んだ。クリスの歳ならば、成人用のドレスでもよさそうなものだが。
「セリフが棒読みだ」
「悪かったな」
クリスがくすくす笑うと、毛先を丁寧に巻いた、プラチナブロンドが揺れる。両サイドから取った髪を、後頭部で留め、細い黒リボンで結んでいる。自前の髪ではあるが、鬘だ。この長さの鬘が作れるのなら、元の長さはどれだけあったんだ?
窓の外に目をやると、窓を弔い用に装飾した館が近づいてくるのが目に入る。
「ところで、俺たちはどういった役どころで来ているんでしょうか?」
「遠縁の親戚」
クリスが手を上げて言った。
「恩師」
学長が続く。
二人とも、まんまじゃないか。
「…じゃあ、俺は?」
「…野次馬?」
「…帰る。今すぐ、帰らせてもらう」
「クリス。アレクを苛めないでやってくれないかね?それに、そろそろ館に着くから、笑いは納めないと」
ハース大公の棺は、玄関ホールを入って右手の、大広間に安置されていた。魔法使いが一人ついていて、遺体の腐敗を遅らせている。
荷物を玄関ホールにひとまず置いたまま、棺の様子を見に行く。
「…生きている内にお会いしとうございました」
クリスが神妙に別れの言葉をつぶやく。
棺の中に横たわる老人とクリスとの間に、容貌の相似は見出せない。
遺体との挨拶を済ませ、用意された部屋へ移る。
並んだ三部屋が用意されており、クリスの部屋を挟んで、右に学長、左に俺が入ることにした。
「埋葬は、明後日の正午、でしたね?」
学長が部屋に案内してくれた召使いに尋ねる。
「はい、朝十時に棺を搬出し、墓苑の方へ移動致します。そこで最後のお別れを。それまでは自由にしていて構わない、とのことです」
「未亡人にご挨拶したいのですが…」
「大奥様は、昨夜寝ずの番をしていらしたので、現在お寝みになっておいでです。夕食のときには食堂におられると思いますが…いかがいたしましょう?」
「そうですね……お起きになったら、こちらの方へ使いを寄越してください」
「かしこまりました。えーと…」
「王立魔法学院のケルヴィンです」
「えーと、魔法学院、ケルヴィンさま。はい、承りました。あ、魔法学院の方なら、使いが人でなくても驚いたりされませんよね?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。今、人手が足りなくて、使えるものなら妖精でも精霊でも、という状態で。何かご用がありましたら、ベルがありますので。では、ごゆっくり」
人手が足りない、と聞いたクリスが、手を貸したそうな顔をしたが、何とかこらえたようだ。
「ちょっと早く着きすぎたんじゃないか?丸一日以上あるが」
「大丈夫ですよ。ジリアン殿下が今日夕刻、陛下が明日の昼過ぎにみえられることになっているので。他の王族にお会いしたかったのでしょう?クリスは」
眠れる王子以外は大集合だ。
「…陛下が?」
「ええ、夕刻には帰られるそうですが。葬儀には参列されませんので、前日にお別れをしに。クリスの顔も見たい、とのことでしたが」
クリスの方に目をやると、何やら考え込んでいる。
「…ちょっとしたおねだりとか、できそうな状況かな?」
「あくまで非公式な訪問なので、時間が取れるようならできるんじゃないでしょうかね。仮に取れなくても、そう聞いたら無理にでも時間を作ると思いますよ、あの方は」
「お願いって…眠れる王子のこと?」
「…王子?」
「眠れる元王子。クレメンス大公のことだ」
「ああ……なるほど。あの方は、眠っている間に王子から元王子になってしまったんですねぇ。なかなか巧いことをおっしゃる」