Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


契約の龍(24)

 ハース大公夫妻の私室は、一回の奥の一角にある。未亡人は、右手にある夫の書斎を、面会場所に指定してあった。
 ハース大公の未亡人は、中肉中背の色白な女性で、顔のパーツが丸みを帯びているせいか、やや太り気味に見える。肌の張りつやは広間に横たわっている彼女の夫に比べれば、輝くほどだが、顔色がやや悪いのは、喪服のせいか、暗がりにいるせいか。
 まず学長が、形式通りの言葉を未亡人に述べる。それに未亡人が応えて、学長がそれに返す、……といった一連の形式的な挨拶が終わり、学長が本題を切り出した。
 「自分よりも若い者の葬儀に出るのは、心が痛みます。病死だと伺っていたのですが…いったい、どのような…?」
 「それが…よく解りませんの。ここ数年、妙に疲れやすい、とは申しておりましたが、医師に診てもらっても特に悪いところはない、との見立てで…」
 「ほぉ…妙ですね。そういえば、三年ほど前亡くなった兄上――グロスター大公――も、そんな事を言ってらしたようですね」
 「ええ。でもあの方は心臓が弱ってらしたとかで…」
 「ああ、そうでしたか。やはりそういう年頃なんでしょうかね。本人はまだ十分に若いつもりでも、体の方は年相応に老いてきている、といった…奥様も、無理なさらないように。連日の徹夜は、堪えますよ」
 「ええ…はい。でも、明日でお終いですから。……昼間は人が多くて、なかなか二人っきりにはさせてもらえませんもの。…ひとりで寝室におりますとね、堪えますの。夫の不在が」
 ひとりで寝室にいるのが堪えるって……ぇえ?
 「…………睦まじいご夫婦でらしたんですね」
 「そんな…私がさびしがりやなだけですわ」
 未亡人がそっと顔を赤らめるのが見て取れた。

 「……あの夫人、後添いだったんですか?」
 大公夫妻の私室を辞して部屋へ戻る途中、学長に確認してみた。
 「……どうだったかな……いや…思い出した。大公は晩婚で……夫人との年齢差が、確か二十以上あった…はずだ」
 「そうすると…あの方の年齢は…?」
 「まだ若い。三十を少し過ぎたくらい…だったと思う。…面倒な事にならないといいがな」
 「面倒なこと?…相続の事か?」
 クリスが口を挟む。…そういうことを言っているわけではないが、一応説明する。
 「夫妻には子がないので、ハース大公家は断絶、ということになる。夫人が現在妊娠しているなら別だが。…断絶、とはいえ、夫人が亡くなるか再婚するまで、名目上、大公家は存続する」
 「わかった。…では、昼間、棺の前で挨拶してた奴らは、何者だ?グロスター大公のところの者か?」
 「棺の前?」
 「夫人より少し年上、くらいに見える男と、二十歳すぎくらいの女。弔問客かとも思ったが、召使いに指示を出していたようなので、遺族だと思ったんだが…」
 そう言えば、いたような。
 「遺族、といえば遺族ですね。二人とも大公の子ですよ。夫人が産んだわけではありませんが」
 「…なるほど」
 向こうからやってくる人をやり過ごした後、クリスがとんでもないことを口にした。
 「義理の息子と関係を持ってでも、このうちを残したいのだな、彼女は」
 クリスの想像する「面倒なこと」は、俺より上を行っていたようだ。
 「く…クリス?…何を根拠に」
 「根拠はないが…強いて言えば、寝ずの番、というのが怪しいな、って思って。わざわざ遺族がついてる必要があるのか…と」
 「まあ、遺族がついていなくても、魔法使いがいますからね。もし、彼女が一日でも長く「大公家」の存続を望むなら、あり得ない手段ではないでしょうね」
 …学長も、否定しないし。
 王族の倫理基準って…測りがたいものがあるぞ。
 「まあ、いずれにせよ、ここの家の事は、ここの人に何とかしてもらわないとね」

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