契約の龍(25)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/05/18 01:22:29
夕食の席について、クリスの少女服の理由が解った。
私的な晩餐の席であり、喪中でもあるので、装飾というものはないのだが……成人女性は、そろって黒のイヴニングドレスをまとっていたのだ。衿ぐりの大きく空いたあので衣裳では、「金瞳」が丸見えになってしまう。
「あなたは、あちらの席ではないの?」
こどもたちの席の方に座っているクリスを見て、ジリアン大公がそう話しかけてくる。
「私はまだ成人しておりませんから。衣装も持っていないし」
「まあ、残念。あなたのドレス姿、楽しみにしていましたのに」
「大公が長生きしてくだされば、きっと機会はありますわ」
「そうですわね。…ところで…」
ちらりとこちらに目を向ける。
「こちらの様子のいい、寡黙な方は、どなた?」
「私が学校でお世話になっている方ですの。私、世間知らずなものですから、こういった席で無作法を連ねてしまうのが怖くて、泣きついて一緒に来てもらいましたの」
誰が泣きついたんだ、と思いながら黙礼する。
「そう言えば、ケルヴィン先生が六年前から預かっているって…きっと優秀な方ですのね。六年前、と言ったら、まだほんの子供でいらしたでしょ?」
完全にこっちを向いて話しかけてくるので、無視するわけにはいかない。
「十二…になる少し前でした。正式に入学したのは、五期前です。…本来でしたら、このような席に連なることのできぬ身の上ですので、心苦しく感じております」
「あら、そんな事…わたくしの最初の夫も、「そのような者」でしたわ。わたくしが心労をかけたせいで、早死にしてしまいましたが」
「王室名鑑」にはそのような事が書いてなかったので、意外だった。
いったいどこで出会ったんだ?という考えが顔に出ていたのだろう。
「「金瞳」を持って生まれた者は、魔法学院に入るんですもの。魔法使いを伴侶に選びたがる王族は多いんですのよ。アドルフも、そうしたかったのでしょうね」
アドルフとは、クリスの父親である、現国王の名だ。
大公がここに留まって長話をしているので、上座の方の視線が集まり始めている。さりげなく上座の方へ目をやると、大公もそれに気づいたようだ。
「…おしゃべりが過ぎましたわね、わたくし。では、ごきげんよう」
ジリアン大公が優美な足取りで立ち去る。その背中、肩甲骨の上に「金瞳」が見える。
「どうも肩が凝るご婦人だ」
クリスがゆっくりと首をめぐらせて言う。着飾った服でやるようなしぐさではないが。
「…それにしても、最後のあれは、母のことをあてこすっていたのかな?それとも、私に「この男を囲い込め」と唆しているのかな?」
囲い込む、って…俺は放し飼いの羊か何かか?
「……唆されたとしても、実行にうつすのは差し控えていただきたいな。国政にかかわるような恐れ多い事は手に余る」
黒いレースの手袋をはめた手がいきなり伸びてきて、三本の指で俺の顎を捕える。
「どの口が、そう言うことを言うかな?……でも、後半のの意見は、一致してるな」
自分の過去の行動を、深く反省しつつ、クリスの手をそっと外す。
「…そういう行動は、淑女がするものではないな。向かいの少年少女の目があるだろう。それに、食事がそろそろ始まるようだしな」
ジリアン大公が立ち去るのと前後して、七・八歳の少年と十一・二歳の少女が相次いで前の席に座った。さっきのやり取りに目を丸くしている。さらに、食堂の入口の方に目をやると十歳くらいの同じような顔の少年が二人、その親と思われる男女と一緒に、召使いに案内されて入ってくるところだった。
上座の方に目をやると、最初の皿がサーヴされはじめている。
「…なるほど。年少者には範を示さないといけない…ものね」
そう言ってクリスは、前に座っている少年少女に微笑みかけた。あまりにも全開の笑顔なので、二人とも見蕩れてしまっている。
「それに、食事時の話題は選ばないとな」
俺も、努めて人に警戒されなそうな表情を作る。
「あのう……」
少女の方がおずおずと話しかけてくる。
「あまりお見かけしない方たちですけど…叔父様のお知り合いの方?…でしょうか?それとも、叔母さまの方の御親戚の…?」