Nicotto Town



灯明台

 【灯明台】

 店を出て階段を降り、外に出ると、そっと柔らかく吹き抜けていく
 秋の夜風が、ほろ酔いの体に心地良かった。

 僕と有里は、海岸線近くに伸びているJR線の高架に沿った
 通りの歩道を、駅に向かって、並んで歩いた。

 すっかり色が変わり、所々枯れている街路樹の葉が、風が吹く度に
 乾いた音をたてながら、小さく揺れ、海の方からは船舶のエンジン音の
 様な音が小さな唸りとなってずっと聞こえ続けている。 
 
 もう時刻は午後の九時を廻っているので、通りを走り抜けて行く
 車はまだらで、歩道を歩いているのは僕達2人だけだった。

 「楽しい時間が終わりに近づいて行く時って、何だか切ない気持ちに
 なるよね」

 有里が言った。

 「そうだね。...僕もそう思う」
 
 僕が答えた。

 歩く内に、明るく照らし出された駅の入り口が近づいて来た。
 
 時計を見ると、僕が帰りの最終の新幹線に乗り継ぐ為の
 列車に乗る時刻までには、まだ時間があった。

 そこで、僕達は久し振りに、駅からそれ程遠くない所にある
 灯明台に行ってみる事にした。
 
 僕達2人は駅の手前の交差点で通りを渡り、海の方へ歩いて行った。

 ・・・・・・・・・・・
 
 灯明台は海岸の防波堤から張り出した石垣の先端部分に建っていて
 高さは9メートル程もある。
 
 花崗岩の切石で作られた基礎部分の上に焼板が張られた
 裾開きの形の台があり、その上に周囲に欄干を巡らせた
 瓦葺の屋根の燈室が築かれている。
 
 灯明台の手前には説明の書かれた立て札が立っていて、
 そこには、この灯明台が江戸時代末期に、御神燈と夜間の船案内の
 目的でこの土地の実力者によって建てられた、木造高灯篭形式の
 燈台である事などが記されていた。
 
 僕と有里は石垣の上を歩いて灯明台の下の海が見渡せる側に
 並んで座った。

  僕らの目の前には夜の真っ暗な海面が穏やかにに広がり
 僕たちの足元の下の石垣 では、打ち寄せる小さな波が立てる
 ささやかな波音が、絶え間なく続いていた。
 
 少し沖合いを、フェリーの船窓の灯りの列が、
 ゆっくりと遠ざかって行った。
 
 そのずっと向こうには、対岸の四国の埋立地にある
 石油コンビナートに建っている煙突の航空障害灯が闇の中で
 いくつも赤く点灯しているのが見え、工場や街の灯が
 地平に沿って広がっていた。
 
 周囲に誰もいない場所で、こうして二人きりで、夜の海を眺めて
 いると、時間というものが、ほんの少しだけ、ゆっくりと優しく
 流れている様に感じられた。
 
 「今日、これから駅まで行って見送っちゃうと、しばらくは
 会えなくなっちゃうんだよね...」
 
 有里はそう言うと、少し悲しそうな顔をして見せた。

 僕はこういう時、あるいは平日の夜更けに、ここから200キロ
 離れた僕の部屋で彼女と電話で話している時、自分自身に
 言い様の無い無力感の様なものを感じた。

 明日からしばらくの間は、僕にはいつも以上に、慌しく過ぎて行く
 乾いた街での日常が待っている事になっている。

 やがて僕達は、灯明台から駅に向かって歩き出した。
 灯明台の石垣や、防波堤に打ち寄せる小さな波音は、
 次第にかすかな音になり、すぐに全く聴こえなくなった。

 列車が到着する直前の時間に、僕と有里は改札口で手を振って
 別れた。

 僕がホームへの階段を昇り始めると、列車の入線を知らせる
 ブザーがホームに鳴り響いた。
 
 がらんとした、車内に乗り込み座席に座る。
 
 ドアが閉まって、列車が動き始めた瞬間、僕にとっての
 特別な時間が中断した。  

 

  

  
 
  
   
 

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2011/11/06 00:38
 あびにゃんこさん

 感想を寄せていただきありがとうございます。
 
 切なくなったり、不安に感じたり、もどかしくなったり、苛立ちを感じたり...
 
 離れているといろいろあるんでしょうね。

 いくらかは、表現出来ていたみたいで、ちょっと安心しています。 
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2011/11/05 17:54
離れている間の相手の事情がわからないから、なにかと不安になることは多いんでしょうね。
せつないような、もどかしいような。
少ない会話にそんな気持ちがよく現れているように思えました^^
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2011/11/02 22:35
 優美さん

 はじめまして。

 感想をよせていただきありがとうございます。

 ただ、(駅に向かって歩き出した。)では素っ気無い気が
 したので、想像と海岸の記憶で、付け加えた様に
 思うのですが、そこまで言って貰えるとは、想定外の
 感激です(笑) 
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2011/11/02 19:28
最後に残る余韻がとても素敵だなあと、思いました。
それからここの部分(引用失礼します)がとてもとても好きです。

> やがて僕達は、灯明台から駅に向かって歩き出した。
> 灯明台の石垣や、防波堤に打ち寄せる小さな波音は、
> 次第にかすかな音になり、すぐに全く聴こえなくなった。

聞こえてくる音の様子を、無理なく美しく文字で表現されていて、すばらしいと思います。
名文ですね(*´ω`*)
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2011/11/01 21:55
 エイスケ♪さん

 はじめまして。

 感想を寄せていただきありがとうございます。

 僕よりニコタ島住所が大きい人にコメント貰うのは初めてです(笑)

 こちらこそよろしくお願いします。

 僕は実際にはよくわからないですが、遠距離恋愛を実らせると言う
 のは、かなり道のりが険しいイメージです。
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2011/11/01 20:59
かいじん 様

初めまして。藤堂エイスケと申します。

自作小説倶楽部からおじゃま致しました。

いま、部員さん皆さんのお部屋をお訪ねしているところですが、
私の手順が悪くあたふたしています。

「灯明台」のお話、切ないですね。
早く主人公にとっての特別な時間が、
日常という時間の中に組み込まれたらいいなと、深く思いました。

これからも宜しくお願い致します。

藤堂エイスケ



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2011/11/01 20:41
 まゆさん
 
 感想を寄せていただきありがとうございます。

 僕が日常的に、眺めた事がある海と言うのは、瀬戸内海とか東京湾と言った
 大体、穏やかな海なんですが、日本海や、太平洋の海岸でも荒れて無ければ
 潮騒なんかが聴こえて、ムードがある様な気がします。
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2011/10/31 22:19
好きな人と夜に海を眺めているなんて、なんて素敵な時間なのでしょう。
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2011/10/31 21:20
 パールくん(さんづけするとおかしくなる(笑))

 感想をよせていただきありがとうございます。
 北海道と沖縄って、国内最長じゃないですか(笑)
 釧路って一度だけ行った事がありますが、札幌から
 釧路でも、十分長距離です。
 下にもコメントしてますが、実際には僕には
 長距離恋愛の経験は無いのですが、見送られる側より
 見送る側の方がつらいと言うのはわかる気がします。
 たぶん、見送った後、ぽつんと取り残された様な
 感じになるからだろうという気がします。
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2011/10/31 21:11
 七川冷さん

 感想をよせていただきありがとうございます。

 実の所、僕には長距離恋愛の経験は無いんですが
 身近に存在を感じないと言うのはつらい事なんだろうと
 思います。
アバター
2011/10/31 12:43
僕は遠距離経験者ですb 北海道と沖縄でwww
この作品、リアルだなぁって思いました。
離れたときの、二人の流れる時間の速さが違うとき、とても辛いんですよね~。。お互いに
あと、送る側の方が泣いちゃうのは、なんでだろ~
自分が移動(帰る)するときのほうが、悲しくないんですよ。別れが。
だから、この後の彼女は、きっと駅で一人になって、泣いちゃうんだろうなぁ・・・
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2011/10/31 05:53
200kmは、かなり遠いですね。
気持ちは繋がっていても離れているとすぐに会えないからつらい
感じがします。
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2011/10/30 21:41
 やあさん
 
 感想を寄せていただきありがとうございます。
 
 「離れていても、気持ちは繋がる」
 
 と言う様な事を言っても、遠く離れていると言うのは
 実際の所、いろいろと大変だと言う気がします。

 僕は今、首都近郊に住んでいますが、都市での生活と言うのは
 僕の場合、違う意味で、自分の存在に透明感を感じる事が
 あります(笑)

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2011/10/30 21:02
 ヒナさん、はじめまして。
 
 感想を寄せていただきありがとうございます。
 
 想像と記憶で書いているので、完全に正確な描写が出来ないと言う事で
 地名については、特に記さなかったのですが、舞台のモデルにしたのは
 岡山県内で、200キロ離れた部屋は大阪府内を思い浮かべて書きました。
 
 ヒナさんが木造高灯篭形式で検索して出て来たのは、多分
 僕がモデルにした灯明台だと思います。

 あと、まだらは紛れも無く、まばらです。
 入力ミスでは無く、記憶違いです(汗)
 
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2011/10/30 18:59
200㌔の距離は、心理的にも随分遠くて。
やはりふたりにとって一緒に過ごす時間は、特別なもの。
濃くて、そしてだんだん切なくなる瞬間をいくつも切り取りながら、
気持ちを深めていく描写に感嘆しつつ拝読しました。

表現がきれいで、透明感があって、
淡々と語られているけれど、深いですね。

小川未明の「赤い蝋燭と人魚」がふと脳裏に浮かびました。
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2011/10/30 00:38
 対岸に四国ということは、九州の大分付近、
 或いは中国地方の広島や岡山のお話かもしれないと感じました。
 200キロ離れた部屋は私の中では上京していくイメージなので、東よりの方が有力でしょうか。
 木造高灯篭形式の灯明台というのは、今回検索してみて初めて見ました。
 灯明台の起源はよく知らないのですが、こんなものがあったのですね。
 描写がとても丁寧で、とてもよくできた作品だと思います。
 ただ、もしかしたら、車は「まだら」なのではなく、「まばら」なのかなと思いました。



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