Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


契約の龍(30)

 その人がいるだけで、周囲の空気の色が変わる、というほど存在感のある人がいる。
 アドルフ・ゲオルギウス・ゲオルギア、現国王もその一人のようだ。私的な訪問、しかも日帰り、という強行日程のため、随従がわずか一人、という身軽さにもかかわらず、彼が玄関ホールに入った途端、その場にいる者の目が集まる。…もっとも、玄関ホールにいる者の大半は、彼の来訪を心待ちにしていたのだけれど。
 彼は何かを探すような顔であたりを見回していたが、目的のものが見つけられないまま、出迎えに来た未亡人の案内で広間に連れられていった。
 その様子を二階の回廊から見届けて、俺はその場を離れた。
 割り当てられた部屋の、真ん中のドアをたたき、返事を待たずに、扉を開ける。
 「お出ましだぞ。支度はできたか?」
 「できてる」
 衝立の向こうから返事が聞こえる。
 「入ってきたとたんに取り囲まれてたぞ。クリスが見当たらないんで、きょろきょろしてた」
 「玄関口で出迎えられるのを期待してたわけじゃない、とは思うけど…あまり注目されるのは困るから、こっちで待機してたのは、正解だったな」
 「昨夜の事を知らされたら、どんな顔するかが、想像つくな、あれは」
 ジリアン大公か、学長かのどちらか先に王と話ができた方が、「クリスが倒れた」事を知らせる手筈になっている。下で一通りの挨拶がすんだら、休息を取るために二階の客間に案内されるので、クリスが父親と面会するのはそこで、という事になるはずだ。
 そう思っていたのだが。
 「クリスティーナ!大丈夫か!?」
 突然ドアが開き、壮年の男性が飛び込んできた。俺がドアの前に立っていたままなら、きっと滑稽な事態になっていただろう。
 「……陛下。ドアを開ける前には、ノックぐらいなさってください」
 クリスの声が冷たい。改めて見ると、なるほど、長身で短く整えた栗色の髪、弔問用の準礼装。さっき回廊から見たままの、国王その人だ。
 「思ったよりも早くのお越しですが、弔問儀礼は、もうお済みなのでしょうか?」
 「故人と未亡人への挨拶は済ませた。あとの連中は、身代わりが対処してる」
 身代わりが対処……
 下の連中が、なんだか気の毒になった。身代わりをしている、随従の彼も含めて。
 「それから、見舞いに来る人というものは、もう少し静かには行ってくるものでしょう?……また頭が痛く……」
 国王の顔が、瞬時に蒼褪める。傍で見ていて気の毒になるくらいだ。
 「……クリスティーナ姫。お父上をおからかいになるのは、もうそれくらいになさってください。お気の毒です」
 その声で、ようやく俺の存在に気づいたのか、驚いたような表情を浮かべて、国王がこちらを見る。
 「ドアの前で立ちふさがっていては、入る人の邪魔になります。どうぞ中の方へお進みください、陛下。…それから、アレクも」
 国王が軽く肩をすくめて、部屋の奥に進んだので、俺もそれに倣う。
 衝立の向こうでは、淡いグレイの少女服――裾がくるぶし丈、と少々長め――をまとったクリスが、立って出迎えてくれた。
 「お久しぶりでございます、陛下」
 スカートの中ほどを摘み、優美に礼を取る。
 「……相変わらず、父、と呼んではくれぬのだな」
 「そういう秘密兵器は、お願いがある時のためにとってありますの」
 「やれやれ、誰にそういう入れ知恵をされるやら…」
 「…何か聞こえたようですが、聞かなかった事にしましょう。どうぞ、お座りくださいませ」
 傍から聞いていると、恐ろしい会話だ。初会見の時からこんな会話を交わしていたんだろうか、この人たちは。
 「そなたの態度があまりに慇懃無礼なので、この少年が……いや、青年、かな、目を丸くしておるぞ。彼の事は、紹介してはくれぬのかな?」
 「…ああ、そうでしたわね。ジリアン大公にもそれで叱られたんでしたわ。陛下、こちらは私が、学校でお世話をかけている、アレクサンダー・ロジェ」
 お世話をかけている……自覚はあるのか。それとも今後も世話を焼かせるぞ、という宣言なのか。
 「姫には、懇意にさせていただいております」
 「昨日もだいぶお世話をかけてしまいましたの。「龍」の主として、父上からもよくお礼を言っていただきたいものですわ」
 …そんなところで「秘密兵器」を使っていいのか?

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