Hurry up kid rhapsody 上
- カテゴリ:ファッション
- 2011/11/16 00:43:29
『Hurry up kid rhapsody』
その透明度ゆえ、価値がつかないとまで言われた宝石。
ひとたび水へ沈めればまったく見えなくなってしまうという、特別な輝きを持つアクアマリン
通称『水天の涙』
その奪取こそが今回彼女に与えられた任務である。
「やっとお出ましかぃ ずいぶんと勿体つけてくれちゃって♪」
夜通し張り込んでようやく訪れた千載一遇のチャンスに彼女の心は躍った。
「水天の涙は…、よしよし身に着けているな」
彼女は銃でターゲットを狙っていた。だがなかなか狙いが定まらない。
「あっ!」
一瞬にしてターゲットが視界から消えた。
「早いトコなんとかしないとお頭に怒られちゃう!」
「ママ~、あの人……」
「コラッ! 見ちゃいけません!!」
闇に紛れるための黒装束だが、朝を迎えた今となっては明らかに浮いている。
だがターゲットに夢中な彼女は、そのことにまったく気付かない。
そう一言で言ってしまえば、鈍感な女だった。
「逃がしはしない!」
ターゲットを追って曲がり角を曲がった瞬間
「のわぁ!」
パンを咥えた青年とぶつかった。
「すみませっ……」
彼は、咥えていたパンをポロリと落とした。
「あ、パン……」
彼女はぶつかった事よりも、パンが落ちたことが気になり
パンを拾って彼に手渡した。
「すまんねっ!急いでいるのでね!!あ、食べ物を粗末にしたらいかんよ」
彼女は彼の目に落胆の色が浮かんでいることに気づいた。
そんなに大事なパンだったのだろうか? 少し悪いことをした。
しかし次の瞬間には仕事モードへと切り替わっていた。
「さぁ、水天の涙を頂かなくては!」
彼女はターゲットを探して走り去った。
置き去りにされた彼の鼻腔に、シトラスの香りを残して……。
翌日。
彼は、今日も遅刻寸前で目が覚めた。
パンを咥え、乱暴に扉を閉めると駆け出した。
「遅刻、遅刻~」
玄関を出た瞬間、不意に昨日のことが思い出された。
(顔はよく見えなかったけど、いい香りがしてたよな)
そんなことを想いながら走っていると
校門直前の曲がり角でまたもやぶつかってしまった。
「すみませっ……」
とっさに謝ったが、今度の相手は黒づくめではなく同じ学校の制服を着ていた。
しかし、漂ってくるこの香りは昨日と同じ?
一体どういうことなのだろう
何がなんだかわからず、ボーっとしていると
あんぐり開けた口から、食パンが滑り落ちて行った。
彼女は、地面に着く寸前で、食パンをキャッチすると
開いた口にねじ込み
「食べ物を粗末にしたらいかんよ」
とだけ言うと校舎へと歩いていってしまった。
「この学園に潜り込めさえすれば、任務は半分終わったようなものね」
ひつじ学園の制服を身にまとった彼女は、教師の後を付いて行きながら
頭の中でターゲットを狙う瞬間をシュミレートしていた。
ガラガラッ!
教師が教室の戸を引き彼女を招き入れた。
「転校生を紹介するぞ~ 君、自己紹介を」
「あ、はい。綾波レイという名前です。みんなヨロシク!!」
適当に自分で付けた名前だ。
だが彼女の予想に反してクラスはどっと沸いた。
たかだか名前ごときで何故こうも沸くのか彼女には意味がよくわからなかった。
やはり鈍い女であった。
昼休み、屋上に登った彼女はターゲットを狙うのに良さそうな場所を下見していた。
人目につかず標的を狙えて、逃走経路を確保できる場所。
求めているのはそんな場所だ。
「ここからが良さそうだな……」
スコープを覗き込み、ターゲットの立つであろう場所に狙いをつける。
(ここまでは、予定通りか)
「綾波さん!」
「わぁっ!」
不意に声を掛けられ、彼女はビックリして飛び上がりあわてて銃を隠した。
「ご、ごめん、そんなにビックリした?」
振り返ると、どこかで見た記憶のある青年が立っていた。
「綾波さん、転校生だったんだね。 朝はぶつかってごめん。」
朝は…?
「あぁ、君はパンを咥えていた青年だな。あ、いや青少年か。いやいやこちらこそすまない。」
彼女の反応に彼はププッと吹き出した。
「どうかしたか?」
「いや、面白い子だなぁって思って ところで綾波さん、昨日もぶつからなかった?」
「なに?」
「なんか俺、昨日も誰かとぶつかっちゃったんだけど、それ綾波さんだった気がするんだよ」
みるみる彼女の表情が凍りつく。
(昨日、あの時顔を見られていたのか!?)
「ん?人違いじゃないか? 私は転校生、今日この町に来たばかりだぞ?」
動揺を抑えつつ、笑みをつくってごまかす。
「綾波さん、なんか柑橘系の香りがするけど、昨日の人もそうだったんだよ」
(お前は犬か!? 毎朝飲んでいるグレープフルーツジュースの香りを嗅ぎ取るとは! かくなる上は…)
彼女の目の色が変わった。
(消えてもらうしかないな……)