みなわは、オオカミの遠吠えを聞いた。
「ん？何の用なんだろう」
月明かりを頼りに歩き出したみなわは、行く手を大きな川に阻まれた。
「どうしよう～？オオカミが私を呼んでるんだけど」
たしかに、オオカミは誰かを呼んでいる。
それは、みなわとは限らない。
遠吠えを上げているのはオスオオカミだった。
伴侶を呼ぶ声だったのかもしれない。
切り立った絶壁の下の奔流を見つめてみなわは腕組みをした。
「どこでもドアがほしい…」
仕方がないので、上流に向かって歩き出すと、絶壁から降りるルートを見つけた。
川のほとりに出ると、ゴムボートが係留されている。
なんとなく、辺りを見回しても、持ち主らしい人影はなく、燃え尽きたたき火がポツンとのこされている。
たき火に手をかざしても熱はなく消えてから長い時間が経っていた。
辺りを見回すと、大きな動物…たぶん熊の足跡と、へし折られたライフル銃と、争った跡があった。

「もう、ボートは必要ないよね？」
誰にでもなくそうつぶやくと、みなわはゴムボートをつないだロープを手に取った。
途端にロープが朽ちて手の中で崩れていった。
支えを失たボートが奔流に流れ出そうとした。
息をつめて、みなわはゴムボートに飛び乗った。
渦巻く流は、みなわの意志に関係なく下流へとボートを押し流した。
「ピーちゃ～ん！！」
みなわは、大声で叫んだ。
どれだけ流されたか分からないが、ずぶ濡れのみなわを乗せたボートは、対岸の岩のくぼみに吸い込まれるように止まった。
「ピーちゃんとはぐれちゃった…」
三秒ほど落ち込んだあと、みなわはすくっと立ち上がった。
切り立った崖にも、少しのでっぱりやへこみがある。
悪戦苦闘しながら、夜明け近くにみなわは崖の上へ出た。
目の前にオオカミが立っている。
燃えるような眼をして、大きな牙をむき出しにしたオオカミは、じっとみなわの目を見つめ、静かに振り向いた。
オオカミの後ろに、輝く剣が突き立っていた。
顔を照らす光に目を細めながら、みなわは呟いた。
「…なに、これ！？」
しばらく剣を見つめていたみなわは、ゆっくりと手を伸ばし、地面に突き刺さった剣と鞘を抜き取った。
「軽っ！」
楽々と抜けた剣は、羽のように軽くみなわの腕に収まった。
「今回のミッションは、これで終了ね…あとはピーちゃんとフェレットか…怒ってるよね～ピーちゃん。あそこで待ってる約束だったもん」
白々と明けていく空を見ながら、みなわはため息と一緒につぶやいた。
「上流に歩いていくしかないよね」
ピーちゃんはもう飛べないだろうし、フェレットは…どうしてるだろう？
渡されていた食料も水も川に流されて、お腹の空いたみなわは徐々に不機嫌になっていく。
その後ろを、オオカミがついてきた。
「ちょっと、何のつもり！？」
何か言いたそうにしていたオオカミが突然飛び上がってみなわの上に落ちてきた。
「きゃっ！」
つむった眼をゆっくり開けると、オオカミの姿は何処にもなく、なぜか頭の上が生温かくて重かった。
ゆっくりと頭を触ると、明らかに自分のものではないなめらかな毛皮が手に触れた。
そっと撫でると、なぜか満足げな息遣いが聞こえた。

飲まず食わずで、超不機嫌なみなわはまる１８時間ほど歩いた。
真夜中過ぎに、怒り狂ったピーちゃんがみなわを見つけた。
「キ－キキ！（このバカ！）」
「ごめんピーちゃん」
完全にへそを曲げたピーちゃんがフェレットを捜すために引き返していく。
残り時間が刻々と過ぎていく。
もう時間が無いと思ったときピーちゃんの声がした。
「キキ、キキー！（見つけた！すぐに来る！）」
フェレットが見えた瞬間、みなわはボタンを押し、ボートが現れた。
「あと、１秒遅ければ、ここに順応してもらうところでした」
と、スーツの男が言い、ボートに乗るようにと告げた。
「ちょっと待って」
「だめです」
「急いで！」
みなわはそう叫ぶと、ボートに乗り移るのに失敗して転ぶという小芝居を打って、時間を稼いだ。
すぐそこに、短い脚で走るフェレットが見えた。
スーツの男が、軽々とみなわを抱え上げ、ボートに放り込んだ。
ボートが動き出す瞬間に飛びついてきたフェレットは、「シャー！」と叫ぶと、みなわの腕にしがみついた。
ピーちゃんはみなわの肩にとまったが、その場所はやけに狭くなっていた…。