1月3日、朝起きると薄日は差しているもののどんよりとしている。予報も曇り時々雪という
微妙なものだったので早目の下山を決める。
それにしても目の前の白馬山荘はでかい。今の季節、ほとんど雪に埋まってはいるものの
1200名収容できる日本最大の山荘であり夏はすぐ満員になってしまう。
朝食をとりながらルートを考える。

ひとつは大雪渓からスキーで降りる。これは早いが雪崩とクレバスに落っこちるリスクがある。
ふたつめは来た道を戻る。雪崩に巻き込まれる確率は下がるが時間がかかる。それに急斜面
を歩いて下るのって怖い。なんせ高いところ苦手だし。笑

迷ったが天候が落ち着いているうちに下りたいので先の大雪渓ルートに決めた。このルートは冬
の登りには使えないが一瞬で降りてしまうのなら有り。ただ、下手に大きな音をたてたり衝撃を
与えると雪崩の原因になるので注意が必要だ。

ちゃちゃっと荷物をまとめて代わりにリュックの横に付けたショートスキーを取り出す。ブーツに
履き替えて準備オッケー。頂上小屋の横から軽快に滑り出す。。。予定だったが雪が深くて短い
スキーではちっとも軽快ではない。軽ーく飛び跳ねながらの新雪滑走なので案外疲れる。
「大きな弧を描いて優雅に」とか「素早いショートターンでスキーのキレを味わって」とかスキーを
楽しみたい気持ちはあったが雪崩を起こしたらかなわない、ここはじっとこらえて当たり障りなく下っ
ていく。

と、突然ガンッ！っという落下衝撃。とっさに両手のピッケルで雪を噛み、背中両足を前後の壁に
突っ張って落下を免れた。クレバスだ。。。下方に深い亀裂が広がっている。よじ登ってあらためて
見てみると雪上に50ｍくらいの裂け目ができている。昨日の雪で表面が覆われて気付かなかっ
たものらしい。あぶないあぶない。

さすがに反省、そろりそろりとスピードを落として慎重に降りていく。なにものも見逃すまい。

少し下ったところで視界の端に色を見つけた。この雪山に色、あるわけがない。近づいていくと
、、、人。ふたりいる。しかし動きがない。スキーを外し駆け寄って声をかけてみるが返事がない。
少し揺すってみると一人がうっすらと目を開けた。なんとか話ができたので事情を聞いてみると、
昨日吹雪の中ここを下ろうとして一人が怪我をしたらしい。で身動きができなくなってもうひとりも
どうしたらよいかわからずにただ誰か通るのを待っていたとのこと。直に怪我してる人も目を覚ま
したが見たところ出血はない。足を痛がっており骨折と思われた。持参した救急セットを使って
足首を固定する。

しかし、これからどうしよう。

担いで滑るには雪が深い。この新雪で担いで下るのは無理だ、滑ることができない。担架代わり
にツェルトを使ったらおそらくクレバスを避けられない。では置いていって救援を頼むか？
いや、この場所では天候が悪化したら風雪を避けることができない、それに雪崩の危険もある。

登ろう。まだ数百メートルしか下っていない。
それに頂上小屋は鍵はかかっていないはずだ。とりあえずそこに二人を連れていくことにする。一人は
なんとか歩けたのでそのまま頑張ってもらい怪我をしているほうはリュックごと背中に担いだ。
2時間ほどかけて山荘に戻ると、案の定鍵はかかっていない。二人に毛布をかけて暖をとらせありっ
たけの食料を与えた。ぐずぐずしている猶予はない。返す刀で再びスキーを履いて大雪渓を下った。
途中軽い雪崩をクリアして白馬尻のキャンプ場まで一気に下り山岳警備隊に連絡を取る。

　待機したキャンプ場に救援隊が着いたのが夕方。自分なりに知りえた情報を報告、救助は明日
行うとの判断が出た。

4日、警備隊・消防団・地元の有志など約２０人、早朝に出発の準備を整えた。山頂の天候が悪く
ヘリが飛べないとのこと。自分が使った主稜ルートをまた徒歩で登る。さすがベテランぞろい、尾根も
踏み固められ単独行に比べてなんと心強いことか。
15時ごろに山頂に到着。山小屋の扉は凍りつき重い。こじ開けて隊長に続いて中に入っていく。
二人は。。。いた！ひきつった笑顔でこちらを見つめていた。
よかった、二人とも無事だった。よかった。

日没が近いので今日は下山できず、明日の下山となる。同行したドクターの見立てでは足首の
骨折、それと二人とも凍傷でやられているらしい。それでも命が助かったのは本当によかった。

翌日は快晴。９時ごろヘリが到着した。けが人をヘリに収容し見送ったあと救助隊はおのおの山を
下りていく。麓であらためてあいさつを交わしいっしょに救援隊として登った民宿のおじさんにおに
ぎりと風呂をごちそうになり、夕方北アルプスを離れた。