Nicotto Town



笑い男の春

3学期も終りに近づき、降り注ぐ陽射しは
 暖かくて、かなりまぶしさを感じる。

 僕は陽射しを一杯に浴びたグランドの方を
 廊下から眺めている。

 もうすぐ、僕は3年生になり、中学生生活最後の
 1年を迎える。

 天気とは裏腹にそう考えると何だか複雑な気分だ。

時間と言うものは、何もしなければ、ただ
失っていくだけのものである。

しかし時間はただ何と無く過ぎて行く。

・・・いつだったか、誰かが僕の事を(笑い男)と言った。

僕がいつも黙って静かに笑って誰かが話すのを
聞いているだけだからだろう。

・・・

「高野君」

他に誰もいない階段で、後ろから来た、
同じクラスの、杉谷ゆかりに声をかけられた。

彼女は手に何かを入れたCD屋の袋を丸めて
持っていた。

「あのね・・・有村さんが、高野君にこれを受け取って
欲しいんだって!・・・受け取ってあげて」

彼女はそう言って、僕に袋を手渡すと走り去って行った。

・・・

僕は家に帰ってから、同じクラスの有村聡子から
杉谷ゆかりを通じて受け取った袋を机の上に置いて
考えた。

袋の中にには、村上春樹だとか、三島由紀夫
ドストエフスキーだとか言った文庫本の小説が数冊ほど
入っていた。

どれも読んだ事が無い・・・そもそも小説なんか今まで
読んだ事なんか無い。

何で、有村聡子が僕にこんな物をくれるのか?

1ヶ月ほど前の事が頭に浮かんだ。

・・・

その日、僕は朝から体調が悪く、放課後になって
いよいよ具合が悪くなって、取りあえず、机に
臥せって休んでいた。

その内、教室の中は僕一人になったが、しばらくして
杉谷ゆかりと有村聡子がどこかから戻って来た。

「高野君、具合でも悪いの?大丈夫?」

杉谷ゆかりが声をかけて来た。

「大丈夫だよ。しばらく休んだら何とか帰れる」

僕が答えた。

その後、二人は少し離れた、彼女たちの席でそれまで
していたらしい話の続きを始めた。

その時、起こった事件の話題で、その後杉谷ゆかりが
正義がどうとか言っていた。

「正義なんて、太陽の陽射しみたいなものだよ」

僕が自分の席で臥せったままで、言った。

彼女たちは、普段殆ど喋らない僕がいきなり
会話に入って来たので驚いたみたいだった。

「太陽の陽射し?」

しばらくして、杉谷ゆかりが聞き返してきた。

「太陽の光は届く所と、届かない所がある。
・・・深海には全く届かないし、空に雲がかかれば、
それはどこにも届かない」

しばらくの間、沈黙が続いた。

「・・・雲は取り払われるべきだし、日陰なんかは
あってはいけないと思う・・・」

遠慮がちに有村聡子が言った。

「・・・雲を取り払うなんて、簡単に出来ないし、
地表を、全くの平らににするのは絶対に無理だ・・・」

少しバツが悪くなりながら僕が答えた。

その後、少しの間、杉谷ゆかりと論争みたいな事に
なったけど、その時「高野君って本とかよく読むの?」
みたいな事を聞かれた。

「いや、本なんて殆ど読まない」

僕は正直に答えた。

それにしても、何で僕はあの時突然あんな事を
言い始めたのか。

あの時熱っぽかったせいもあるだろうけど、それだけが
理由では無い気がする。

多分、有村聡子があそこにいたからだ。

僕は、そう思うとひどく落ち着かない気持ちになった。

僕はあの時ほとんどずっと、杉谷ゆかりとばかり
話していたが、僕はずっと有村聡子の事を意識
しながら話していた気がする。

今まで自分でもはっきりとはわかってなかったが多分
ずっと前から僕は有村聡子の事を他の女子とは
違う目で見ていた事に気付いた。

その夜は、有村聡子の事が頭から離れなくなって
よく眠れなかった。

音楽を聴いて気を紛らわせようとしたけど
かえって逆効果だった。

・・・
「高野君って、本を読んだりするのが好きに
なりそうだったから・・・」

有村聡子が言った。

僕たちは、町の入り口にある川に架かった
橋の橋詰の所にいる。

陽射しは暖かく、季節はもうすっかり
移り変わっていた。

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2012/02/04 18:20
やあさん

コメントありがとうございます。

「正義」という言葉は、様々な使われ方をされる様に思います。

普遍的な「正義」は、時として陰を潜めてしまう事があったりして
そう言う矛盾を抱えた社会と言うものに直面した中学生の
心情と言うのを今回、書こうと試みてみました。
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2012/02/04 11:51
太陽の日射しという比喩が効いてますね!^^

私の中での「正義」ということばは、なんとなく四角くて硬くて冷たいもの。
でも途方もなくきちんとした立方体で、文句をつけてやりたいけど思い浮かばないというイメージ。

それに対して、「太陽の日射し」は、かたちはどんどん流動して、柔らかくて、ほんわかとあったかい。

二律背反する両者(個人的な思い込みかも。)が巧みにクロスしているところがさすがですね。

改めて、他の作品も拝読させていただきにきますね~!^^
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2012/02/02 20:19
ジャムさん

コメントありがとうございます。

コメントを見て、検索してみて、サリンジャーと言う作家の不思議な生涯と
攻殻機動隊にとても興味を持ちました。
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2012/01/31 00:07
こんばんはー^^

タイトルの「笑い男」と聞いて、攻殻機動隊とサリンジャーの小説を思い浮かべました。

高野君は冷静で、頭の良い人間ですね。
>「正義なんて、太陽の陽射しみたいなものだよ」
この言葉に対しての高野君の切り返しも、面白いです。
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2012/01/28 23:42
あびにゃんこさん

コメントありがとうございます。

実を言うと、字数制限の関係でこう言う話になったのですが
原案はちょっと、内容が違います。
機会があれば、そっちの方も完成させたいです。
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2012/01/28 10:08
高野くんはとても思慮深い人だ。
有村聡子はそう思ったんだね。
そして彼女は、難しげな小説を難なくクリアする高野くんに魅かれてる?
さて、「本なんてほとんど読まない」高野くんはこれからどうするんだろ?
続きが気になりますね^^
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2012/01/26 22:17
BENクーさん

コメントありがとうございます。

元は法律についてのコメント返しで、「法は太陽みたいなもの」
と言った事があるんですが、それをもじりました。

いつでも、すぐ上手い表現が出来る様になりたいですが
なかなかそうも行かないです(笑)
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2012/01/25 21:19
正義の定義について主人公が言った一言「太陽みたいなもの」が、とても深みある上手い喩えになっているのが心に残りました。

熱っぽいのに女の子を意識しての一言、しかも中学生の言葉とは・・・有村女史が「高野君って、本を読んだりするのが好きに…」と思うのも当然だと思いました!(^-^)
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2012/01/21 00:51
ゴキブンさん

コメントありがとうございます。

実のところを言うと、登場人物が考えている事と言うのを
はっきり明確に決めないで、書いた気がします。

コメントを見て何と無く

♪ むしろ難解な芸術論、続ける方がアブナかった ♪

って言うBzの歌の歌詞思い出しました。
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2012/01/21 00:44
スイーツマンさん

コメントありがとうございます。

自分では気が付かなかったんですが、言われてみると
確かに、真ん中あたりからかなりの頻度で
使っていますね。
今、この部分を他の表現に置き換える事を
考えてみたんですが、意外に難しそうです。
時間を見つけて研究してみたいです。
参考になる意見ありがとうございました。
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2012/01/21 00:43
sakikoさん

会見見たんですが、なかなか物議を醸しそうな内容でしたね。
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2012/01/20 14:03
春の日差しと文庫本
なんか文学的な雰囲気がでる言葉です
文学少年になって欲しいという有村聡子の希望があるのかな
それとも私は読んでるというアピールかな
いずれにしても、有村聡子と付き合うには小説を話題にしなければ
本の話題は難しい会話になると思います
アバター
2012/01/20 06:53
恋の始まり。アオハルですねえ。

テクニック的に気になるところは
「その」「それ」「あの」といった指示代名詞を連発していること
強調するとき以外は極力避けるべきだと
元新聞記者の上司に指導されたことがあります
アバター
2012/01/20 00:42
なんかね 本当にかいじんたまが主人公なのかと思っちゃいました

このブログもっとながくして昨日かな?? 芥川賞や直木賞あたり狙われては ニョホホホ

コメントありがとうございました。
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2012/01/20 00:26
sakinoさん

コメントありがとうございます。

読みやすさについては、少し不安があったので
そう言って頂けるとちょっと安心しました。

創作なので高野君は架空の中学生です。
もちろん、僕は中学生では無いです(笑)
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2012/01/20 00:21
パールくんさん

コメントありがとうございます。

物事の受け止め方や、感性って言うのは人それぞれで
それが意外だったり、新鮮だったりしますよね。
同じ本を読んでもやっぱり、感じる事は違うだろう
と思います。
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2012/01/20 00:16
まゆさん

コメントありがとうございます。

伝えたい事を、そのままに相手に伝えるのは、
意外に難しいですし、相手にどの様に伝わっている
のかも、わかりづらい気がします。
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2012/01/19 23:48
先ほどはご訪問ありがとうございます。

なかなか面白いブログですね 僕=かいじんさんなんですか??

ブログ小説にしたらとっても楽しかったし、読みやすかったし、

またあとで来ますね (‿_‿✿)ペコ 
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2012/01/18 23:48
高野くん、自分の感性で世界を捉えてるんですね~
僕も、高野くんみたいな人と話をしたいです。
自分の好きな本を、どんな風に受け止めるのか、聞いてみたい^^
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2012/01/18 20:51
有村さんは、高野くんに自分と同じところを見つけたのでしょうね。
そのアピールに本を送ったのでしょうけど、高野くんは自分をずれて理解している有村さんを意識せずにはいられないのね。
自分を理解してもらえそうだけど、うまく伝えられず、ずれているもどかしさ。

わたしにとっては、ちょっと、難解な作品でした。



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