【幼い翼】
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/09 07:57:20
それは、春の陽だまりの中に、ぼろ屑のように落ちていた。薄い翼が裂けてそよ風にひらひらとなびいていた。
まだ幼いそれは、自分の増長を深く後悔しながら、近づいて来る死の足音に怯えていた。さんさんと降り注ぐ陽射しを、うまく取り込むことができれば、回復も叶ったかもしれないが、全身を貫く苦痛がそれを妨げていた。
不意に、それは地面から拾い上げられた。折れてくしゃくしゃになった翼がのばされ、きちんとした形にたたまれた。そのことが苦痛を少し和らげ、それに自分の周囲を確認させる余裕を与えた。
それがうっすらと目を開けると、反対に覗き込んでくる幼い顔と目があった。
「よかった。まだいきてるみたい」
そうつぶやいたこどもは、それをしっかり両腕に抱えると、危なっかしい足取りで――それは子供の両腕いっぱいの大きさがあったので――来た方へ引き返して行った。
こどもはそれを、質素な家に運び込んだ。
「おかぁさん。これ、おちてたんだけど」
こどもが息を切らしてそう呼ぶと、長い髪を一つに編んで背中に垂らした女が、奥から顔を出した。
「落ちてた、って、今度は何を……」
わが子が拾ってきたものを見て、母親は絶句した。
「……また、面倒なものを拾ってきたもんだねぇ……リンドブルムだなんて」
「だって……よぶんだもん。たすけてたすけてって」
母親は大きな溜息をついた。
「お前の耳がよく聞こえるのは承知してるけど……その子を助けると、しょっちゅうその声を聞かされることになるよ。リンドブルムは捕食者だからね」
「ほしょくしゃ?」
「自分が生きるために、他の生き物を捕まえて、糧とするんだ。……つまり、食べちゃう、ってことだよ。…お前はそれに耐えられるかい?」
「……しんだおにく、とかじゃ、だめなの?」
「そう。この子たちが糧としているのは、血肉ではなくて、生命力そのものだから。…まあ、血肉も一緒に取り入れるけどそれはついでみたいなものだから」
こどもが俯いて、唇をかむ。一生懸命、何かを考えている様子。
「せいめいりょく、って……それ、ころさないととりいれられないのかなあ?」
「どういう意味だい?」
「えーと……たとえば、あたしがまいにち、ちょこっとずつわけてあげる、とかじゃ、だめかなあ?」
「それじゃ、もたないね。助けたことにならない」
「…そうかぁ……」
「それに、お前の成長が止まってしまうのは困る」
うずくまるそれにじっと目を注ぐこども。それがわずかに首をもたげて、弱々しく鳴く。やがて、こどもは、決断した様子で顔をあげ、こう言った。
「じゃあ…がまんする。だから、このこ、たすけて」
そうしてそれは、人の手によって生き延びられることとなった。
「まったく……あとで後悔しても知らないからね」
そう言いながらも母親は、手早くそれの傷の具合を調べ、「癒しの手」で傷を塞いでいった。
「折れた翼は、自然にくっつくのを待った方がいいね。その方が丈夫になるし。……よかったね、おちびさん。見つけたのがうちの子で」
「ちび?」
「ちっちゃい子、ってことだよ。こいつは成長したら、このうちより大きくなるからね。……そうなったら、小屋を建ててやらないといけないかねぇ?」
「おおきくなるまで、どれくらいかかるの?」
「さてねえ?十年かかるか、百年かかるか…そこまでは知らない」
「じゃあ、あたしがこのこのおうちつくる。…ゆっくりおおきくなってね?ちびちゃん」
…そうして、それ、は「ちびちゃん」と呼ばれるようになった。
契約の龍の
サブストーリですね^^