Nicotto Town


ぺんぎんうどん


4月自作/「純愛『キスから始めよう』」

 大学の裏門を飾る楡の木の下で、秀はぼんやりと座っていた。まだ葉の揃いきらない大木は春の陽射しを容赦なく降り注ぐ。
 ちょうどいい日光浴だな……そんな事を考えているさ中にゼミの友達から声をかけられた。
「秀、美佐ちゃんが田村と駐車場に歩いてったぞ」
「……ふぅん……」
「何? お前ら喧嘩でもしたわけ?」
「いや」
 秀は立ち上がると、傍らに転がしていた自転車を起こした。
「のんびりしやがって。取られるぞ彼女」
 秀はぴくりと眉を震わせたが、そのままサドルに跨ると
「好きにすればいいさ」
 それだけ言って、門を走り抜けた。
 今にして思えば、あんなものは喧嘩ですらなかった。頭の中で最後に美佐と交わした会話を反芻する。
 始まりは……
『秀も車買えばいいのに』美佐が切り出した一言だった。

「何で? 車なんて厄介なだけだよ」
「でも有ると便利よ。私は親がダメだって免許も取らせてくれなかったけど、秀は持ってたよね、免許」
「あんなの身分証明書だよ。車なんて贅沢だっての」
「だってぇ」
「何」
「小夜の彼、また車買い替えた、て……」
 秀は大きくため息を吐いた。
「あの辺の連中って金持ちのボンばっかりじゃねぇかよ。俺みたいなリーマン家庭と一緒にすンなよなぁ」
「だってぇ……」
 ちら、と上目づかいになって唇を尖らせた美佐を見て、秀は察しがついた。これは友達の小夜から色々と話を聞かされて『羨ましい』モードに突入している。
「俺の田舎みたいに車が無いと不便な所ならしょうがないけどさ」
 電車にバス、路面電車が市内を網羅するこの街で、車の必要性があるとはとても思えない。それなのに、親の脛をかじっている身分で車だなんてとんでもない話だ。
「駐車場に保険に税金。俺のバイト代だけじゃやりくり出来ない。車本体買ってそれでオッケ、てワケじゃないの」
「ガソリン代くらいなら私もバイトして出すわ!」
 ……ダメだ……秀はがっくりとうなだれた。
「友達の男自慢が羨ましいくらいで簡単にそんなもの買えるほど俺は金持ちじゃねぇの」
 確かに喧嘩と呼べるものではなかったけれど、あの日から約一週間、二人はすれ違ったまま、顔を合わせることも無く過ごしてしまった。
「その結果がコレかよ」
 小夜の彼と田村が同じグループだったと思い出して
「そういう流れに行っちゃうかよ」
 秀は口端を歪めた。

 大学に入って知り合った二人が付き合い始めて、やっと一年が過ぎた春だった。
 自転車をふと止めた交差点で、助手席に美佐を乗せた車が走り去るのを見て秀は初めて、声を荒げた。
「ちくしょー! こんなことならさっさとやることやっときゃ良かったよ! バカヤロー」
 純朴といえば聞こえはいいが、結局はただの臆病者だ。そんな自分が一年かけても届かなかった美佐に、田村は楽々と触れてしまうのだろう。
 もやもやと黒い影が秀の胸内に降り注ぎ溜まってゆく。
「ダメだ。図書館行って頭冷やして帰ろう……」
 このまま真っ直ぐにあの独りの部屋へ帰る事は、辛かった。

 秀は夕暮れまで読みたいだけ好きな本を読んで、やっと帰路につく決心をつけた。
 図書館の前の道路に出てサドルに跨ろうとして、息を止めた。
「……秀」
 何故ここに美佐が居るのか。
「秀がここに入ってくの、見かけたから……」
「あ、あぁうん……って、あれから三時間は……!」
 ずっと待っていたのか。
「バカだな。中に入れば良かったのに」
 言いたいのはそんな事じゃない。田村はどうしたのかが気になる。けれどその名前を口にすることが出来ない。
 戸惑いながら言葉を選ぶ秀と目が合って、不意に美佐の瞳から大粒の雫がこぼれ始めた。
「お、おい」
 ぽろぽろと涙を流しながら、秀の眼をじっと見つめて美佐は薄く微笑んだ。
 その笑顔からふいっと彼は目を逸らし
「乗れよ。家まで送るから」
 自転車の後ろを指差した。

 走り出して秀は突然思い出す。そういえば美佐の家を知らなかった。
 確かこの通りまで送ったことはある……うろ覚えの道を走り続ける。
「なぁ、美佐ン家ってこんなに遠かったっけ」
 走りながら問うけれど背後から答えは来ない。
「美佐?」
 何度目かの問いかけで、秀の腰に回していた美佐の腕がぎゅっと締まった。
「……た……」
「え?」
 キキッとブレーキの音を立てて秀が振り返る。
 その背中に顔を埋めた美佐が
「十分くらい前に、通り過ぎ……」
 秀の腰に、細い腕が震えながら絡み付く。
 何かがあった。秀の勘が走る。
 何があった? けれど聞けない。
 思わず唇を噛みしめた。その背中が温かく湿ってまた、秀の胸内がざわめいた。
 美佐が小さく囁く。
「私ね……初めてのキスは秀じゃないと嫌なんだって気付いた……だから……」
 胸内のざわめきが、違う色を帯びて広がった。秀は下していた足をペダルに戻した。
「美佐が家、通り過ぎちまうから」
「うん」
「……アパート……」
「うん」
 シャツ越しに感じる美佐の頬が、やわらかい。
 秀は黙って、ペダルを踏む足に力をこめた。

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2012/04/19 20:41
>パールくん

読んでくださってありがとう(´▽`)

付き合いはじめて関係が先に進むにしても、
何かきっかけがないと色々タイミングもずれるかな~
とか考えてたら、一年くらいあっという間かなwwなんて思ったのでした(´▽`;)

パールくんも学生時代はお金はないけど希望に溢れた恋をしていたのでしょうか^^
…自分がそういう経験なかったから羨ましいです~
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2012/04/19 17:42
あー、なんか懐かしい!学生時代の恋って、経済的に厳しいですよねぇ
だけど、色んな憧れもあるしw
それにしても、秀は奥手ですね〜1年も…
そこが、純なのかもですね(^O^)
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2012/04/14 23:04
>苗彩るさん

読んでくださってありがとー(´▽`)

つられてドキドキ…(//▽//)
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2012/04/14 12:33
ドキドキ・・・・
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2012/04/13 23:13
>スイーツマンさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

女の子で苦労する男の子は女の子扱いが上手になるのかなぁ…
なるといいなぁ…(´▽`)
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2012/04/13 23:12
>かいじんさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

青春漫画によくあるヒトコマですが、現実にはおまわりさんに怒られる対象なんですよね~^^;
>夕暮れ自転車二人乗り

…さんてんリード、好きなのでつい多用してしまうのです~
これでも減った方なんですよ…これでも^^;
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2012/04/13 08:01
わがままな子
卒業したら結婚するんだろうなあ
と思いつつ
これは苦労しそう
でも若さから受け入れてしまう男子
なのでした
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2012/04/13 06:01
夕暮れの自転車の二人乗りは何と無く
いい雰囲気を感じます(警官が見たら叱られるけど(笑)

・・・は3つ(3点リードって言うらしい)にすれば良いって以前言われた
事があります。
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2012/04/12 23:22
>紫草さん

読んでくださってありがとう(´▽`)

素朴というよりは、捻りが無いだけで…(汗)
彼女編、〆切に間に合わなくても書いてみます(´▽`)
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2012/04/12 23:19
>クマゴウさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

皆紆余曲折して恋人同士になっていくのですね(´▽`)
どこにでもあるような話かなーと思ったのですけど、
話を考え始めたら書き上げずにいられませんでした^^;
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2012/04/12 23:16
>そよそよさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

ホントは自転車の二人乗りって道交法違反なんですよね^^;
でも青春なのでこのさい目を瞑って書きました(マテ)
バイクで思い出したのだけど、そういえばカップルでタンデムしてる人って、
私の周囲には少なかったな……と。
大抵は彼女も一緒に免許取って…なパターンが多かったですー
でもそういうのもいいかな(´▽`)
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2012/04/12 23:12
>まゆさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

男の子の車に簡単に乗っちゃダメですよー
と、最後に叫べばなお良かったかも^^;
自転車の一体感、好きです(´▽`) 私の相手は坊ですけど(´▽`)
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2012/04/12 23:09
>やあさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

そうなんですよー車は維持費が…T▽T

青春っていいですよね(´▽`)
でもやあさんの、とーちゃんとの日記も青春ぽくてステキです^^
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2012/04/12 23:07
>BENクーさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

頑張って秀視点で書こうとしたのですけど、やっぱり女の子視点に偏っていってしまいます^^;
男の子に女の子が振り回されるより、女の子が男の子を振り回す方が
個人的に好みですw
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2012/04/12 23:05
>スイーツマンさん

うぁっごめんなさい!><
実はサークルに書き込んだ時、「転載不可」を記入するのを忘れていて、
後で一回消してまた記入し直したのです…
自分でもサイト持ってるので、〆切後に自サイト更新しているのです><
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2012/04/12 23:03
>百目木さん

読んでくださってありがとう(´▽`)
こういう時期…あたしは全然無かったまま気がついたら結婚してました(笑)
こんなドキドキ、憧れです~
でも実際にこんな恋愛やってたら疲れるんだろうな…なんちゃって(´▽`;)
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2012/04/12 22:55
 いいな~
 こういう素朴なお話、とっても好きです。
 彼女編も楽しみにしてます^^
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2012/04/12 22:27
胸がちょっと締めつけられる・・・

でも、なんか懐かしいような、ちょっと切なくなってしまうような・・・

なんかいい感じですね^^
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2012/04/12 19:32
青春ですね~。

好きですこういうの。キス以上はご想像にお任せ的な終わり方が。
ちなみに、去年、公園にいたら、近所の子が自転車二人乗りしてて、パトカーに呼び止められて注意されてました。
小学生だったけど。お巡りさん、許してやってよ。
学生服の二人乗りも、違反だろうけど、初々しくていいですよね。女の子は、横乗りか立乗りですよね。
そうだ、秀君、車より、バイク買ったらいいですよ。二人乗りだと、400cc以上でしたっけ?
彼女の体温感じれていいですよ。

って、勝手に盛り上がってすみません。。。
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2012/04/12 19:16
車の中は密室だから、男子と二人きりで乗ると勘違いされちゃうかもですね><

自転車に二人乗りは、オープンだけど、車より密接な関係を暗示しますね。
二人でバランスを取らないとうまくはしれないから。
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2012/04/12 13:39
車は維持費が大変ですものね^^;

ああああ・・・・青春だなぁ^^ (遠い目・・・^^;)
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2012/04/12 07:40
視点は秀、でも主役は美佐・・・秀を想う美佐の感情に振り回される秀の姿がとても「純」に感じました!(^0^)
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2012/04/12 06:33
すみません、FC2だと100字ほどオーバーしてます

余白、空間、「……」をなるべき削って頂ければ、収まるかなあと思います
FC2は実際そうですが
電子書籍への投稿なんかも、余白をカウントされてしまうことが
あるようです
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2012/04/12 03:06
ああ、いいな〜こういう時代って必ずありますね。
ビバ・バカップル♪ ^^ 
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2012/04/12 00:49
バカップル製造機とお呼びください…ww

まともに書いたらとんでもなく長くなったので、彼氏編と彼女編に分けてみました。
彼女視点はこれから書きます…
たぶん〆切に間に合うと……たぶん……



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