Nicotto Town



JUST A RUNAWAY

窓からベランダ越しに見える、道路を隔てた向かいのマンションの隣の
雑居ビルの屋上からのぞいている空は一面薄っすらとした白い雲に
覆われていて、時折聞こえて来る、雨垂れがコンクリートを打つ音が
雨がずっと降り続いている事を窺わせた。
 
先週、香津子が、居なくなった事がわかった夜にも雨は同じ様に
殆ど雨音をたてる事無く、ずっと降り続けていた。
 
彼女は少なくとも僕には、何の予兆も見せず、唐突に彼女が借りていた
部屋を引き払い 、そしてどこかに去っていった。

その鮮やかさには、僕や、恐らくは誰の言葉にも、もはや聴く耳を
持たないと言う、確固とした意思の様なものが感じられた。

彼女が、僕に何も言わずに、去っていった理由と言うのは
僕にはよくわからない。

僕と彼女の関係はその直前まで、何の問題も無くうまく行っている
様に思えたし、お互いの生活も順調だったと思う。

少なくなくとも表向きには・・・

はっきりしているのは、いろんな事が、僕にはなす術もないまま、
既に過去の出来事として、ゆっくりと、しかし確実に
遠ざかり始めていると言う事だけだ。

僕はとりあえず、キッチンの方へ行き、冷蔵庫を開けてみた。

中には、大したものが無かったし、そもそも何か作るのが億劫だったので
外に出る事にした。

アパートのドアを開け、階段を降りて、傘を差し目の前の通りを私鉄の
駅の方へ歩いていった。

雨が降り続く中、途中で商店街の中へ入り雑踏の中を歩いた。

先の方に見える踏切を駅から発車したばかりの黄色い車体の電車が
ゆっくりと加速しながら通過して行く。

雨雲の下の見慣れた街の風景は、今の僕には何だか現実感の無い
光景の様に思えた。

・・・
「人の心や考え方と言うのは、時計の針と同じで、絶えず動き続けている
ものなのよ」

響子はそう言うと、グラスに残った、オレンジ・カンパリを飲み干した。

僕らは3時間前に、知り合ってからずっと取り止めの無い会話を続けていた。

彼女の背後の奥の方に見える壁時計は十二時半を大きく回っていて
終電に間に合う時刻を過ぎ様としている。

それは、何と無く過ぎてしまった時間の様でもあり、暗黙の内に流れていった
時間の様でもあった。

時計の針は、絶えず動き続けている・・・

僕はグラスに残った、ジン・トニックを飲み干した。

・・・

僕と響子は店を出てエレベーターに乗り込んだ。

僕らはたまたま同じエレベーターに乗り合わせた男女の様に押し黙ったまま、
階数表示が1階まで下がって行くのを待った。

「タクシーで送るよ」

ビルの出口を出て歩道に出た所で僕は言った。

彼女はここから三駅の所に部屋を借りて住んでいると言う事だった。

僕がそう言った後、彼女はまるで百年間同じ水槽で飼われ続けた
熱帯魚の様な目で僕を見た。

「親切なのね」

歴史上、もっとも詰まらない冗談を聞いた時の感想を言う様に彼女は言った。

・・・
カーテンを少しめくって、窓を10センチ程明けて見ると、空は気持ちよく
晴れて、すがすがしい陽光が街に降り注いでいた。

僕は窓を閉めて、薄暗い部屋を振り返ってみた。

ベットの片側に膨らみがあり、その薄暗がりの中の
温もりの中で、響子はまだ心地よい眠りの中にいる。

そのベットを取り囲んでいる、乱雑さが、僕に、昨晩、
闇の中での行為の記憶を、思い起こさせる。

行為が始まると響子は雌の小獣に豹変し、僕は日常的なものや、理性を
全て、脱ぎ捨て、めまぐるしく浮かんで来そうになる全てのものを必死で振り払って
行為に熱中した。

・・・

僕は自分の部屋に戻ると、そのまま泥の様に眠り込んだ。

目が覚めるとすっかり夜になっていた。

窓の外には雲の無い夜空にくっきりとした月が浮かんでいた。

僕は月をぼんやりと眺めながら、香津子もどこかで、同じ月を見ているかもしれないと
思った。

あるいは、響子も今、この瞬間、この月を見ているのかもしれない。

彼女とは、あの後そのまま別れた。

僕は僕達3人がそれぞれの場所で、別々の生活を送りながら、今、同じ月を見ている姿を
想像してみた。

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2012/05/04 22:44
イチゴリンさん

コメントありがとうございます。

今の不安定さを感じさせられる世の中では、まずしっかりとした
自分を持つ事が大切なのかもしれません。
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2012/05/04 22:39
まゆさん

コメントありがとうございます。

物事にはいろんな側面やいろんな見方があると思いますが
いろいろ考えさせられる意見でした。
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2012/05/04 22:35
百目木さん

コメントありがとうございます。

この文章はBzの「孤独のランナウェイ」と言う曲を聴いて
イメージ出来る世界観をそのまま描いてみました。

月が云々の降りは文字数カウンターで文字数カウントしながら
描いていって、残り字数でオチを模索して行った結果です(笑)
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2012/05/04 22:23
sakinoさん

コメントありがとうございます。

感情の篭ってない視線をうまく表現しようなどと目論見ました(笑)

何気に百年にするか、十年にするか、どうでもいい所でけっこう悩みました(笑)
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2012/05/04 22:19
ちょみさん

コメントありがとうございます。

シリーズ化するのは結構大変なんで、2000字位がちょうどいいです(笑)
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2012/05/04 22:11
パールくんさん

コメントありがとうございます。

熱帯魚の目は、どんよりと醒め切った感じの視線をイメージして
使ってみました。
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2012/04/30 02:15
他人に期待するのは止めようと思う。もっと、自分に期待した方がよさそうだ。
ある高校生が言っていた。お金を掛けないで、自分の苦手な事に興味を持ってみると、新たな自分を見つけられて、意外と楽しいかもとね。

今の若者の方が、こんな時代に生きている現実をとらえている。大人だよ。ww
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2012/04/29 19:55
三人とも同じ月を見ることが出来る限定的な世界で生きているのに、出会っては別れてそれっきりになると言う希薄な関係。
大人と言うより、大人になりきれない成人たちという感じだと思いました。
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2012/04/28 22:32
初めまして、大人な小説ですね。^^
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2012/04/28 05:20
失った過去の時間や美意識の中にまだ囚われているようなデカダンス、
みたいなもの感じましたよ。でもそれぞれが異なった3つの場所から、
思い思いに月を定点観測しているイノセントな感じが爽やかですね〜
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2012/04/28 00:46
かいじんたまのショートショートブログですね^^

なんか大人な雰囲気にビックリしました。 こんなストーリー書かれるのですね

百年間同じ水槽で買われた熱帯魚の目ってどんな感じなんでしょう???
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2012/04/28 00:22
子供だましのような慰めや、熱に浮かされたような瞬間的劣情が必要になる時って、あると思います。
長く人間していると(笑)

でもこれ読んでると、各々のキャラクターでそれぞれにシリーズで続けられそうな気がして
そういう感じでむしろムラムラしてしまいました(ヲィ)

色々と深読みが出来る、ステキな雰囲気を醸しているなぁ…(´▽`)
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2012/04/28 00:18
大人の作品ですーw
熱帯魚のような目って、こわいです…どんよりしてるのかしら…



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