自作小説倶楽部5月自作/金環食『さよならうさぎ』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/05/15 00:51:49
彼女は、深く暗い海の中を漂っていた。
静かで音もない世界に、ちらちらと揺れる星屑。
時折薄く瞼を開き、目の前に浮かぶ巨大な暗い岩の塊を少し見つめては、また瞳を閉じる。
どれくらい前からだったろう。彼女は岩の塊を見つめるたびに、記憶の糸を辿っては何も思い出せないで、諦めてまた眠りについていた。
いつからだろう。冷たく暗かったこの海底が、急に暖かくなってきた。
彼女を取り巻く海流は、その温もりに引きずられるように彼女を押し流す。とてもゆったりと。
暗くて静かで、独りぼっちだけど怖くないのは、きっとあの暖かな場所のおかげなのだと、彼女はなんとはなしに思っていた。
もうすぐ、あの暖かな場所に、自分は溶けてひとつになるのだ。
うとうととまどろむように瞳を薄く開いたり閉じたりを繰り返す彼女の眼端に、突然今までと違う景色が現れた。
……何? 戸惑いながら彼女はいつもより少しだけ大きく瞼を開く。
闇色の岩の塊の端で、細く短い弧を描くような線が輝き始めたのだ。
と、同時に、感じていた温もりが暑さを増して、急に接近してくるのを感じた。
彼女の心が畏怖に震える。けれど前触れもなく急変する深海の景色から、目を逸らすこともできない。
弧は灯を引き連れて、どんどんとふくよかな姿に変貌してゆく。
やがて、闇色だった岩の塊が、すっかり輝く球となる頃、彼女はその輝きの中に浮かぶ小さな黒い影を見つけた。
ぶわりと、彼女の内側が揺れた。
涙を流すということは、こんな風に想いが揺らされることなのかもしれない。
彼女は大きく目を見開いて、小さな影を追うように見つめた。
途端に、彼女の脳裡に様々な記憶が溢れだし、ごぼれてきた。
懐かしい貴方たちの、掌。
私に優しく触れてくれた。
期待と愛情に満ちた瞳で、いつも見つめて、語りかけてくれた温かな声。
私は貴方たちの期待に、応えることができたのかしら。
……会いたい……
……もう一度。懐かしい、遠い笑顔に。
そして触れて。もう一度、私の体に。
もう一度、声を聴かせて。
……もう一度……
それは『帰る』のではなく、ただひたすらに『会いたい』想い。
そして彼女は見開いた目で、最後の奇跡を紡ぐと、ゆっくりと熱い球体に、いだかれ溶けた。
無機質な機器類とたくさんのモニターで押しつぶされそうな部屋で、重苦しい溜息が落ちた。
「電波が完全に途切れました」
モニターのひとつを見つめていた青年が掌で顔を覆いながら呟くと、背後に立っていた男性は無言で重く頷いた。
「軌道の修正が出来ていれば或いは……」
可能性があったかもしれない……とっくにそんなものは無かったのだけど、それでも諦めることはできなかった。
まだ燃料の残っていた月面観測衛星が、突然なトラブルで軌道の制御も通信も失い、太陽の引力に引きずられるように月から引き離されてゆくのを、彼らは悲痛に見守り続けたが、それもこの朝で終わってしまった。
男性が、曇った眼鏡を拭おうと指をかけた時、彼のポケットでPHSが揺れた。
「室長! うさぎから映像が入りました!」
室内がざわめきで揺れる。
「今そちらに送ります」
室内に居た彼らは転送用のモニターに急ぎ群がる。
「これは……」
誰もが、言葉を失った中で、小さな声が震えた。
「奇跡だ」
太陽と重なり、その陽を浴びて輝く月面の裏側に、踊る小さな影。
クレーターが作る波のような影の中で、泳ぐように。
太陽と月が重なる瞬間、うさぎは初めて、そして最後に、自分の影をそこに見た。
月面観測衛星USAGI。
四年にわたり月の裏側を観測し続け、途中より機器トラブルの為制御を失い暗い宙の海を彷徨い、太陽の引力に囚われ消滅。
それは金環食で賑わう報道に埋もれて、宇宙航空研究開発機構のホームページの片隅に静かに記録されるのみとなった。
-了-
※)完全なフィクションですから!
USAGIとかありませんから!
研究と知識不足で技術的なあれこれとか、かなーり弱いですから(><)
タイトルが「おかえり××××」のパクリでごめんなさい><
日蝕って要するに、月の裏側が照らされることかなーと足りいな頭で書いた代物です。
ぅんぅん、はやぶさを思い出しましたよ^^
僕、こういう宇宙モノを擬人化したようなのって、なんか感動強くて泣いちゃう!
読んでくださってありがとうございます(´▽`)
いやいや、ユンボでも車でも新幹線でも、ちょっと痛いのを覚悟すればかなりいいキャラになってくれます。
ちなみに私の車は小次郎と名付けられて、他人様が聞けばずいぶん痛い擬人化を受けていますww
肝心なのは、作った人の気持ちと使っている人の気持ち次第なのかなぁと思います。
2001年宇宙の旅とか
宇宙船やそれに搭載したコンピューターというのは
キャラになりますよね
お読みくださってありがとうございます(´▽`)
無機質な物でも人間が関わって作るのですから、こういう気持ちのこもり方はアリだと思うのです。
作り手がそういう気持ちを持つことで機械も良いように進化するのかもしれませんね。
お褒めの言葉ありがとうございます^^
素敵な物語ですね^^
機会にも心があったら書かれた様におもったのではないでしょうか。
こんばんわ(´▽`)
来訪とステキ感想感謝です^^
だいたい月1~2本の割合で短いのを載せてます。
よかったらまた覗きに来てみてくださいね^^
素敵な物語ですね☆
機械に意思のような感覚を持たせたことで、お話がとても豊かになっているなと感じました。^^
これからも、色んな物語をコツコツ紡いで下さいね☆
読んでくださってありがとうございます(´▽`)
人が気持ちを込めて手がけた物はすべて同じ容量の“気持ち”が宿るのだと思ってます。
こういう感性って日本人特有なものなのでしょうか?
でもこういう感覚があると、作品書くいたり作ったりする時に感性が広がりやすいと思います。
他方面で謎だったことが科学的に明かされていくのは世の中便利になったりしていいのですが、
創作の中にそれを持ち込むのは寂しいものがありますよね。
確かに最低限の知識は必要だけど、読み手側に想像する余地がなくなるし。
お褒め頂きありがとうございました(´▽`)
読んでくださってありがとう(´▽`)
宇宙も海も、大きな胎内のようなものですよね。
お褒めいただきありがとうございます^^
素敵な掌編ですね^^例の「はやぶさ」の一件で、
日本人特有の感性と言われる「擬人化」も、
一気に社会に認識された様ですが、
それはけっして萌的な感情だけでなく、
物を最後まで大事にする、人の想いを物に乗り移らせる、と言う、
無生物に対しても愛情を持つ事の現れなんですね。
拝読して、そんな事を感じました。
他の方も書かれてますが、
最近の作品、それに関する一般批評は
「科学的には有り得ない」とかってツッコミが多くて、
それは事実なんだろうけど、何だか味気ないなーって思うことしばしばです。
まだ月を見上げて、兎が餅つきしてるとか、
色々想像できてたような、いにしえの昔の方が、
実は人のココロは自由だったのでは、と思う事もあります…。
特に前半、透明感のある詩のようですね。
海の中を漂っているのは、まるで子宮の中を漂う胎児のよう~^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
こち亀、機械もの二週連続ですねぇ
泣けたネタは先週だったと思いますが、今週のラジカセネタもノスタルジックで良かったですv
でもあの手のラジカセ、確か私も持ってたような…捨ててなければ今頃高く売れたのに!
ロマンチックはちょっと得意ですv
二次創作でずいぶん書きましたので(´▽`)
読んでくださってありがとう(´▽`)
>これぞSF ありがとうございますー
難しく考える事が苦手なので、検証の必要なネタとかはとにかく逃げ腰なのでこれが限界なのですが^^;
USAGIちゃん頑張りました~
きっと今頃はお日様の中で地球を見守ってくれていると……
あ、まだ金環食終わってませんでした^^;
今週のこち亀で、こういう機械ものに泣けるって話ありましたよね。
科学は難しく書くことはできても、どんどん小難しくなって、結局面白くなくなちゃう作品も多いですよ。
私は、分かり易い(たとえパクリでも)お話で、映像が思い浮かぶ方が好きです。
USAGIちゃん。頑張ったね~
お疲れ様でした^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
もうまるっきりハヤブサのパクリで申し訳ない…^^;
USAGIちゃんは頑張りました~
でも実際にこういう映像が撮れてたら金環食絡みでトップニュースになるんでしょうねぇ^^
自分の影を最期のたよりして旅立っちゃったのね。
読んでくださってありがとう(´▽`)
科学に触れておきながら科学的な考察一切抜きで話進めてみましたvv
ステキと言われると照れくさいけど嬉しいです(´▽`)
どうもありがとう~
素敵な文章ですね。^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
科学的な事って、ホントに書くの難しいですねぇ
詳しい人が読んだらツッコミ満載だなぁ、とちょっとドキドキしてます。
でもそこは表現でカヴァー! できていたら、嬉しいです(´▽`)
ありがとうございました^^
とても穏やかな雰囲気で始まり、とてもドラマチックな終焉に大変感心させられました!(^0^)表現上手っ!
読んでくださってありがとう(´▽`)
車とかバイクとかの機械類って、ン年前まで男性のものだったせいか、女性的表現がされますよね。
いまだにこういった開発研究関係は男性が多いので、産まれる機器はやっぱり女性的になるのではないかなーと。
書く方としてもその方が感情移入しやすいし(^^;)
機械なものを書くと色っぽくなるのはそのせいかと(笑)
現実の金環食、楽しみですね(´▽`)
同じことだけど、地球からは月の暗い裏側しか見えていないんですね。
で、クレーターの凸凹痘痕で太陽光が乱れ飛んでツブツブになる。。
それにしても、、月面観測衛星の彼女の意識の流れ、色っぽいです。
コメント速くてびっくり!(笑)
でも本当に日蝕って、月の裏側、明るくなるのかなぁ…^^;