自作小説倶楽部5月自作/風『風摘むペンギン』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/05/31 22:44:26
注) 先にお断りしておこう。
ほのぼーの全然ナイデス。
期待するイケナイアルね。
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気がつけばいつも空を見ていた。
産まれた時から。
「また空を見てる」
不意に後ろから声をかけられ、ぼんやりと立ち尽くしていたアシャはハッと我に返った。
「イニ」
名前を呼ばれた彼女は、黒い翼を前後に動かしながらヨチヨチとやってきて、アシャの隣に並んだ。
「そろそろ海に行く時刻よ。ぼうっとしていると魚を捕り損ねるわ」
「そうだね。それは嫌だな」
ふぅっと溜息を吐きながらアシャは頭を下げた。
薄いピンクの、水かきが付いた平らな足。
アシャとイニはこの凍った大地に生きる、まだ若いペンギンだった。
「アシャ、空を見るのはもうやめて」
産まれた時からいつも隣に居た彼を、イニは不安気に窘める。もう何十、いや何百回目の忠告だろうか。
「ごめんよ。もうやめるよ。本当に」
そのたびにアシャは約束する。
けれど彼の約束はいつも、漁が終わって腹が満ちれば再び揺らいだ。
そしてアシャはまた、空を仰ぐ。
季節は春。
この南の最果てに、もうすぐ夏が訪れる。
凍った大地の照り返しを受けてキラキラと輝く季節に、イニは切な気な眼を細めた。
―― アシャ、解っているの? 私たちこの夏には繁殖期を迎えるのよ……
初めて迎える子孫繁栄の祭の季節。周囲では伴侶を求める若者たちの求愛が既に始まっている。
アシャも何度か求愛の小石をイニに積んだが、気が付くと彼は小石を運ぶ足を止め、いつも瞳は空に奪われ中断された。
空に何があるというのか。イニが何度尋ねてもアシャは答えてくれない。
他のペンギンからの求愛を断り続けながらも、焦りがイニを覆い包む。
いや、一度だけ、イニはアシャから聞かされた。
それはまだ2人が幼コロニーで、漁に出た両親を待っていた頃。
『ねぇイニ、僕たちはあの空を飛べるんじゃないかって思うんだ』
けれどイニにはアシャが何を言い出したのかすら解らない。
ペンギンは海を飛ぶ生き物だ。
遥か目前に広がる青暗い海。
『有り得ないわ。父さんも母さんも空なんて一度も飛んだ事がないじゃない。
いつだってご飯を持って帰ってくるのは、あの海からよ』
アシャはしばらく返事が出来なかったが、やがて『そうだね』と小さく首を落として、自分の足元を見つめた。
気がつけばいつも、空を見ていた。
コロニーに居る他の幼鳥は何でそれを想わないのだろう。
何故自分だけがこんな事を考えるように産まれたのだろう。
空への想いをイニに否定されてから、アシャはそれを口にすることはなくなったが、空を見上げることだけは止めることができないまま、成年になってしまった。
海を飛び魚を捕る。
そして求愛。アシャはその日も小石を咥えてイニのもとに運ぶすがらで、また空を見上げてしまった。
一羽の大きな白い鳥が、羽を広げて舞っている。
「嫌ね、あの鳥。不幸で死んだ私たちの仲間をいつも食べていたヤツだわ。嫌なヤツ」
イニが眼を細くして憎らし気に吐き出したが、アシャは同じその時に違う風景を見ていた。
そこには風が舞っていた。
急くように流れ、姿を変える雲。それに沿うようにくるくると頭上を踊る巨鳥。
アシャの頭の中でひとつの閃きが咲いた。
「イニ、僕達はやっぱり飛べるんだ」
「何を馬鹿な事言いだすの。そんな事が出来るわけがないじゃない」
「待っててごらん、イニ。僕が証明してあげる。僕達もあの鳥と同じ、いや、僕らは空も海も手に入れることができるんだ」
瞳を輝かせながらアシャは突然駆け出した。
「あの鳥はいつも、あの崖の上から飛び立っていた」
いつか見上げた遠い崖。
あの鳥の背中には、いつも強く流れる雲があった。
不可能じゃない。あの場所に行けば。
アシャは硬い岩に小さな足が擦り切れ、血が滲むのも厭わずに駆けた。
その頂に辿り着いた時、アシャを襲ったものは眼下に広がる景色への恐怖でなく、確信だった。
今まで居た平地には無かった、背中を押す強い風。あとは自分がこの崖を蹴り上げるだけだと解った。
しかし風は時に弱まり、時に激しく、アシャはどの風の時に飛び出せば良いのか解らず、立ち尽くし悩んでしまった。
その時、アシャの真横に強い羽音が響いた。
鳥はアシャの体より遥かに大きな翼をゆっくりと背に沿ってたたむと、首を動かさないで目玉だけでぎょろりと彼を見た。
――僕は食われるのだろうか……
見据えられ、アシャは全身を強張らせたが、鳥はそんな彼をちらり見ただけで、ふいっと視線を正面の空に戻した。
そして羽の先を強い風に時折揺らし、何度目かの風で、飛んだ。
飛び上がる瞬間に鳥はアシャをちらりと振り返り、嘴を『教える』ようにカツッと鳴らして。
――そうか!
鳥は教えたのだ。大地を蹴る瞬間の、一番良い風を。
アシャは再び空を見据えて、あの鳥が飛んだ時と同じ風邪が背中を押してくれる時を、辛抱強く待った。
鳥は遠い空で弧を描きながら誘うように待っている。
やがて風は来た。
アシャの傷だらけの足が岩を蹴り、風を掴んで小さな翼が広がった。
ふわり。
アシャの体が風に舞った。
飛んだ。
僕は飛んだよ、イニ。
僕の言った事は嘘じゃなかっただろう。
僕達はやっぱり、空も飛べるんだ。
アシャは真っ直ぐにイニの居るコロニーを目指した。
風が、彼の想いを受けて運んでくれる。
高い空と海に近い大地で、彼と彼女の瞳が交差した。
「アシャ!」
「イニ!」
今、迎えに行くよ。君を。この風に乗って。
イニの体が明るい陽射しの青い空の中で、大きな弧を描く。
これからは僕達、海だけじゃなくてこの大きな空も……
次の瞬間、アシャは自分に何が起こったのか解らなかった。
軽々と舞っていた体が急に重さを帯びて、弧を止めた。
風が止んだのだと知った瞬間、イニは大地に向かって落ち始めていた。
それはとてもゆっくりに見えた。
近づいてくる凍った青い大地。そして、顔を歪めて何かを叫んでいるイニ。
――心配しないで。今帰るから。君の所に……
飛べる翼を手に入れて。
けれど小さな風がアシャを少しずつイニから引き離してゆく。
落ちてゆく耳元に、切り裂くような風の音。その中に彼は恋人が叫ぶ声を聴いた。
「アシャー!」
アシャの体は天と地の狭間をくるくると回りながら、落ちてゆく。その刹那にアシャは青い空の中、悠々と舞う白い巨鳥の燃える丸い瞳を見た。
じっとアシャを見つめているその瞳。
そうか、貴方は……
アシャはやっと理解した。
僕に『教えて』くれた訳じゃなかったのだね。
アシャの意識が、ゆっくりと青い空から暗い闇に落ちて消えた。
だけどありがとう。
僕は飛べると信じていたんだ。
そして僕は、飛んだんだ。
少なくともそれだけは本当だ。
そうだろう?
そうだろう? ……イニ……
だけどどうか、君が誰かと産む雛が、僕のように空を仰ぎながら、産まれてはきませんように……
- 了 -
一応、プロット作ったり話の流れを要点要点まとめたりはするのですよ~
でも最初に決めた道筋通りに話がまとまることが滅多にありません(笑)
ボンバー!ありがとうなのです~(´▽`)
お読みくださり、ありがとうございます(´▽`)
未知の世界に挑む、という点では、人間も同じように失敗を繰り返しただろうし、
中には取り返しのつかない失敗で家族を悲しませた人もいるのでしょうね。
でもそれが現代の発展につながっているのだとしたら、アシャの挑戦もいずれ
遠い未来のペンギンによって成功に導かれるかもしれません^^
でもその頃には…人類は存在しなかったりして^^;
お褒めの言葉ありがとうございました(//▽//)
(いちいち伏線とか考えるよりも)
心のままに書き上げるのが・・・
ボンバー!!!イェヾ(´∀`*))((*´∀`)ノ イェ
そういうのって好きですよ^0^
アシャの気持ちが伝わってくるたびに、悲劇が待っていることを自然と感じてしまいとても痛ましく感じました。
でも、もう一つ心に残ったことは、アシャがまるで空を飛ぶことに憧れて亡くなっていった人間の数多なパイオニアと同じ勇気を共感したこと。
残されたイニを思うととても切ない悲劇ですが、瞬間、憧れを果たし、己の抱いた夢の拙さを悟った中でアシャがイニに願った思いに深い感動を得ました。
叶わぬ夢に命を散らせたアシャの姿…アタマの中に落ちていく光景を浮かべるたび、見上げるイニの思いと重なって胸が詰まらされました…お見事です!(^0^)<感動~!
読んでくださってありがとう(´▽`)
なぜアシャが死ななければならなかったのか…
うーん…死ななければならなかった、のではなくて、過度な望みを抱いた者の自然な流れというか…
ただ、とても純粋であるとは意識してます。
人間なら生きてきた過程で、欲は多様に深かったり広かったりしますが、ペンギンですから^^;
欲そのものが、生きること食べること繁栄することに終始するはずなのに、
それ以上を望んだ自分が、なにを残せるのか、とか…
すみません、本当はそこまで真剣に考えたわけじゃなくて、
本当に単純に、思うがままに書いただけなんです><
でもこうやって色々と感想を頂くと、自分が何を考えて描いていたのか、とか、
冷静に考え直す機会に恵まれますね。
そしてまた、今練っている次のお題作品がこれまた暗いという…
公開していいのかな?っとか悩んでます。
自分のサイトだったらいつも反応薄いので平気で公開できるけど、
確実に反応が返ってくることを考えると悩みますねぇ^^;
実は何度かこの物語、拝見させていただいておりました。
「じゃあなぜ、今頃コメントを?」と思われるかもしれませんね・・・
ひとつだけ、引っ掛かっていたことがあったのです。
それは、「なぜアシャが死ななければならなかったのか?」と思ったからです。
(確かに明確な表現はありませんが・・・)
最初に読んだ中で、「もしかして、(アシャ)死んじゃうの?」「うん?(奇跡が起きて)助かるのかな?」
なかば、引き込まれるように文字を追っていきました。
到底叶うことのない夢を追い続け、幸運(?)にも夢はかなった、その命と引き換えにして・・・
自分のことを愛してくれた人の幸せを消えゆく命の最後まで思いやれることのできる心の持ち主アシャ。
そのアシャがなぜ死ななければならなかったのか・・・・
その答えはちょみさんの中にだけあるのでしょうね・・・
読んでくださってありがとう(´▽`)
アシャは飛んで落ちたけど、きっと後悔はないんですよ。
そもそもペンギンの脳に「飛びたい」という本能はあっても
後悔という文字があるとは思えないですね^^;
こういう単純な生き方に、とても憧れます^^
アシャ、やっちゃいましたね~
飛ぶと思った!
それほど強い、抑えられない衝動って、怖いけど
ちょっと憧れに近い感情を持っちゃいます^^;
読んでくださってありがとう(´▽`)
ペンギンも長い時間かけたら空を飛ぶのか…
いや長い時間かけて海に適応したのだから、空はまだ当分先でしょうねぇ
人類が滅亡する頃には飛んでるのかもしれませんねぇ
読んでくださってありがとう(´▽`)
波の上をぴょんぴょん飛びますね。
あの姿もまた可愛いんですよね~>▽<
あたしはやあさんがすごく好きvvマグロも好きww
こんな結末だから公開するかどうするか考えたのだけど、
そっか、このくらいの暗さなら許されるですね…^^;
ありがとう(´▽`)
あたし、このお話、すごく好きだよ・・・^^
ほのぼのじゃなくても、好き・・・^^
長い年月をかけ人間はついに飛んだアル。
他のペンギンの中に「伝説を語り継ぐ」吟遊詩人的な進化をしている仔が、
たまたまアシャと同じ時期に産まれていてくれればいいなぁ(´▽`)
壮大なペンギンファンタジーになりますね~^^
そしたらペンギン黒魔導師とかもいずれ出てくるかもしれませんねぇ^^
誰かそういうの書いてくれないかなぁww
読んでくださってありがとう(´▽`)
アシャの空を想う気持ちは、かつて実際に空を飛んだ祖先たちの記憶が
体の中に生きていて、それが目覚めたような感じを意識してました。
何で彼だけなのか、進化はそういう突然の目覚めと
性急さによる失敗の繰り返しで進んでゆくのかもしれませんねぇ
こんばんわ(´▽`) 読んでくださってありがとう^^
アシャが「空を飛べる」と信じたのは、大昔のペンギンは飛んでいたというDNAの目覚めを意識したものです。
だから進化の現れなのだけど、性急な進化は成功しない物の例えなのですね。
人間と他の動物の違いを挙げると、火を使う道具を使う等々ありますが、
決定的に違う例のひとつとして、「死んだ後に埋葬する」というのがあると思います。
この辺しゃべりだすと長いので割愛させていただくとして…
死んだ後の肉体の行方として、土葬の習慣が終わった時点で人間は他の動物の役にたつという事から
逃れた、あるいは放棄したと言っていいような気がします。
こういう考え方は人間に産まれた驕りかもしれませんが、だからこそ何かの役に立ちたい、という意識が
より強く育つのかもしれないなぁ、とも。
眼に見えて他の生き物の役に立っているわけでもない、むしろ悪影響を及ぼしているという呵責、
だから人間は意外と、自分で気が付かない所でとんでもない役にたっていたり、影響を及ぼしていたりするのが
特徴であったりするのかもしれませんねぇ…
何だか全然あすたてゅーぬさんのコメントへのレスになってなくてスミマセン(><。)
読んでくださってありがとう(´▽`)
ペンギンの姿でペンギンの話、しかも最後がアレレで何だか
読後感悪いかなぁ~と心配してたのですが、
そうでもなかったようで何より…ホッ
男の子はこれくらいちょっとお馬鹿な方が、実は後の天才だったりするのかもしれませんねぇ
才覚するまでは天災でしかありませんが^^;
読んでくださってありがとう(´▽`)
「ラジオ・フライヤー」初めて知りました。
荒唐無稽な子供たちは好きなので(笑) 今度レンタル探してみようww
映画は好きなんだけど、意外と見てないんですよ…機会に恵まれないというか^^;
スペースシャトルとペンギン…確かにww
その話を聞いて、どう思うかは、若いペンギンたちの個性なの^^
アシャもそうだったんだろうな・・・って思います。
恋よりも突き動かされる衝動があった。そこを目指して何かを掴んでいった。
幸せだったかもしれないですね。
生きることは 食べて眠って出して(w)、増えて。。。
それがすごく重要なことなんだけど、でもそれだけじゃないんだよね(´・ω・`)
一寸的外れな感想になってしまったらごめんなさい。
ペンギンなのに「空を飛べる」と信じて空をみていたアシャ。
それは人間、いや、動物なのに、物ごころついた時から、
自分は子孫なんか残したくないな・・と漠然と感じていた俺に似ているなぁって。
(ただポジティヴな思考とネガティヴな、って違いはあると言うか、其処が大きいけど。
なんでこんな風に思うんだろ。
生き物は子孫を残そうと生きるのが当たり前。
だけど自分は、何故か、自分の遺伝子をかけらも後世に残したくない…
そう思って今日まで生きてます。
育った家庭環境の所為?だけど、俺はまだ両親揃ってて、
幸せ、と呼べる穏かな日々の中でも、
繁殖につながるような話やSCENEを、避けていた記憶があります。
或る意味「欠陥品」なんだろうな、と思いながら、
それでも「あちら側」には飛べない自分がいます…。
だって「崖から飛ぶ」なんて、ただただ怖いもん!(笑)
だけど。こうして死にゆく彼の血肉は、他の生き物に取り込まれ、次の生の役に立つんだよね…
それにくらべて人間は、いや、何より俺は、
何の役にも立たないな・・・とやっぱり思ってしまいます。
ペンギンを着て、ペンギンの話。シュールす。
百目木さまのお言葉ではないですが、
オスというか男のほうが、こういう事しそうです。
イニは真面目に生を全うして、雛を育てていきそうです。
メスの遺伝子には、まず、子を守れ的なストッパーがかなりかかっているのでしょうか。
でも、命を縮めてもこいう事をやってしまう、無鉄砲さも、うらやましいですね。
だからこそ、考え付かないような発明をしたりするんでしょうねえ。
ペンギンではないのですが、人間のオスにもまれに、飛べるわけもないのに
ついに大空に飛び立ってしまう困ったヤツが、歴史の中には時々現れます。
映画「ラジオ・フライアー」はそういう荒唐無稽な少年たちの夢想ですけど、
なんど観ても、飛べる予感で鳥肌が立ってしまいますね~
アシャも空を仰ぐたびに、きっと鳥肌が立っていたんだろうな~
ペンギンだけに、鳥肌が立っても当たり前ですけどね~^^
四角くてぶっとい機体のスペースシャトルがペンギンの格好で飛べるのは、
きっと、アシャたちの霊がのり移ってるからですね~
ほのぼーのでなくてゴメンなさい(>_<)
人間みたいに物心ついてから色々な経験や可能性を持つわけではないので、
幼年が過ぎれば自分で漁をして、成年になれば繁殖する、それが全てであろう社会で育った彼が
他の仲間とは違う「空を飛ぶ」という自意識を持っただけで、ものすごい事なのだと思うので、
その夢が叶ったなら、やっぱり残す言葉は「ありがとう」かなぁ~、と^^;
いやホントに重ね重ね、ほのぼのじゃなくてスミマセンー
小さな羽でよちよち歩くぺんぎんさん。
海を飛ぶという表現、ちょみさんの感受性があたしは好き^^
最期に遺したことばが、「だけどありがとう」といえるほど、アシャは生きてはいないよね?
ただそれが絶望の嘆きではなかったことが、ひとつの救いになっているね・・・。