6月自作/傘『傘の下』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/06/12 22:47:33
雨の日の帰り道。傘もささないで水たまりを蹴ってはしゃぐ勇樹の後ろを、
「ゆうちゃん、おばちさんが怒ってるよ」
奈央は自分の傘を差しだしながら追いかける。
奈央の後ろには彼女の母親と、その少し手前を小走りで追いかける勇樹の母親がいる。
「傘をさしなさい勇樹! あぁもう、水たまりに入らないの!」
叫ぶ勇樹の母の背中で、
「男の子ってワンパクよねぇ」
奈央の母が溜息を吐いた。
そんな母2人の心配を余所にはしゃぐ勇樹と、彼がこれ以上怒られないように案じて追いかける奈央。
二人は家が隣同士の幼馴染だった。
「ゆうちゃん、濡れるとまたおばさんに怒られちゃうよ」
「もう濡れちまったもん、カンケーないね」
そう言いながら、けれど勇樹はちょっと立ち止まり、奈央が隣に並ぶのを待った。
ピンクの傘の柄を奪うように掴んで
「半分貸せよ」
小さな傘の下にちゃっかりと収まる。
勇樹の母が慌てて
「ごめんねぇ、奈央ちゃんまで濡れちゃう」
二人を引き離そうとすると
「いいのよ。奈央も上手に傘持てないから、とっくに濡れてるし。それより、ねぇ」
奈央の母親がにっこりと笑い
「相合傘、可愛いわねぇ」
肩半分ずつ、しっとりと濡れながら歩く小さな二人を指差した。
「まぁ、可愛いのなんて今のうだけでしょうけどね」
勇樹の母も、捕まえて本人の傘を持たせることを諦めた。
互いの母親が雑談に耽り、自分たちから注意が逸れたのを小耳で確かめて勇樹は、園服のポケットから飴を二つ取り出して囁いた。
「ほら、奈央も食えよ」
「帰り道でお菓子食べたらだめなんだよぉ」
母達に見つかれば、きっとまた怒られる。奈央は小声で言い返す。
「ちぇっ、一緒に食おうと思って、オヤツ我慢して取っといたのになぁ」
嘘だ。奈央は呆れて声が出なくなった。
オヤツの時間も、お弁当の時間も他の男の子とふざけていて、食べる所ではなかった上に、先生にたっぷり怒られていたのに。
黙ってしまった奈央の口元に、甘い香りがぶつかってきた。
勇樹が包みを開けて、呆然と開かれていた奈央の口に無理やり飴をねじ込んだのだ。
「俺一人で食ってるの見つかったらまた怒られるからな。キョーハンだぞ」
悪戯な笑顔を浮かべて勇樹が笑うと、
「しょーがないなぁ」
困ったように、奈央も笑った。
傘に隠れて親には見えない、小さな悪いこと。それは小さな、本当にささやかな、ふたりだけの秘密の始まり。
小学校に上がってからも、二人の仲は変わらなかった。
一緒に登校して、一緒に帰る。
雨が降れば、行きも帰りも二人でひとつの傘をさした。
いつも朝の早い奈央が勇樹を迎えに行くと、「めんどくせぇ」と自分の傘を放り出して奈央の隣に滑り込む。
そして奈央から柄を奪い
「こういうのは男の役目だからな」
と悪戯っぽく笑う彼に
「偉そうに……」
苦笑いで奈央も返す。けれど悪い気はしない。
雨の日の傘には秘密が詰まっているから。
それは予習を忘れた勇樹に小声で教える九九だったり、いつも九十点以上の奈央が珍しく低い点を取ったテストを勇樹が奪って隠したり。
奈央が食べきれずに鞄に隠したのを「証拠隠滅」と取り上げて食べてくれる給食のパンだったり、こっそり勇樹のポケットに隠された飴玉の『キョーハン』だったり。
傘の下はいつも、何かしら小さな秘密の共有者になる。
そんな関係が中学に上がっても、まだ続いた。
そして二年になって衣替えが過ぎた頃、やはり雨の帰り道。
「そういえば奈央の傘ってさ」
不意に、勇樹が問うてきた。
「いっつも男用だよな。黒くてでっかくて。
まぁ一緒に入れるから助かるけどな」
小学校低学年の頃は、普通に可愛い傘をさしていた奈央だったが、ある頃を境に地味で大き目の傘をさすようになっていた。
「うん。これね、お父さんのだから」
「奈央の父さん?」
「そう。お父さん朝晴れてると傘持って行かないで、帰りに降ると会社の近くで買っちゃうの。
だからお父さんの傘、増えるばっかりなのよ」
「ふぅん、おじさんも困った人だな」
カラカラっと笑う勇樹に、
「ほんとよね」
奈央も笑う。
そんな奈央の笑顔に、勇樹は珍しく戸惑うような声で違う問いを口にした。
「ところでさ、奈央、今日……笹山から何か言われてただろ」
奈央の頬が少しだけ強張った。
「うん」
その日の昼休み。奈央はクラスメイトの笹山涼子と、その親友に取り囲まれた。
『相川さんって三島君と付き合ってるの?』
聞かれて奈央は返事に困ってしまった。
そう言われれば確かに二人の関係は《恋人》と思われてもおかしくない。けれど今更のようだが、お互いにそんな確認を交わした事が一度もない。
迂闊に『付き合ってる』と答えて、けれど勇樹にそんなつもりがなかったら、後でどんなに恥ずかしい事になるか。
いや、恥ずかしいだけならいい。
それがきっかけで今までの《幼馴染》の関係も崩れてしまいそうで。
奈央は
『そんなんじゃないよ。家が隣で、幼馴染ってだけ……』
そう答えてしまった。
今勇樹に問い詰められて、それをどう説明すればいいのか。
奈央が言葉を選びながら黙ってしまった隣で、勇樹はさらりと告白した。
「俺さぁ、笹山に告られちゃってさ」
「え?」
「奈央との関係がそんなんじゃないんなら、付き合ってくれって」
「そう……」
心なしか口調が厳しくなってきた勇樹の言葉を、うなだれながら奈央は聞いた。
「奈央さぁ、俺と付き合ってるのかって聞かれて、そんなんじゃないって答えたの?」
奈央の鼓動が跳ね上がる。
「そうなの? 奈央」
追い詰められて、つい
「だって私たち本当に幼馴染で……」
言いながら、勇樹から視線をそらした先に、そっと立つ彼女を見つけてしまった。
呆然と立ち尽くしてしまった奈央に、勇樹は傘の柄をぐいっと押し付ける。
「奈央がそう思うんなら、しょうがないよな」
「笹山さんの所、行っちゃう?」
「俺たち、ただの幼馴染なんだろ?」
奈央はそれに答えないで、押し付けられた傘を押し返した。
「勇樹が持っていっていいよ」
「でも奈央が濡れちまうだろ」
「でも……」
もう一度、目の端で笹山をちらり見る。
「笹山さんの傘、可愛い女性用でしょ。あれだと二人で入れないよ。私はそこのコンビニで買うから、持って行って」
無言で受け取られた男性用の黒い傘。
それは奈央だけが抱える最後の秘密。
「わかった」
ぶっきらぼうに言い捨てて勇樹は、雨の中に奈央を置き去りにして背を向けた。
そして奈央はうなだれたまま、コンビニに踵を返した。
雨が髪を伝って首筋を濡らす頃、やっと顔を上げる。
もう、最後の秘密は雨と一緒に流れていっただろうか。
頬に指を這わせて、それがすっかり雨粒と同化しているのを確認して、ハンカチを取り出して頭を拭う。
コンビニに入り、傘を探す。
今まで勇樹は他愛のない嘘を奈央に繰り返しついてきたけれど、奈央は一度も、勇樹に嘘をついたことはなかった。
最初で最後の嘘が、最後の秘密と抱き合うように、滴になって足元を濡らす。
勇樹が走り去った方を振り返ると、黒い大きな傘と水色の可愛い傘が、並んで遠ざかってゆく。
「今度は、私一人でちょうどいい、女性用の傘を買わなくちゃ……」
ピンクの水玉のビニール傘を手にして、奈央は呟きながらレジに向かった。
もう傘の下に、秘密は生まれない。
読んでくださってありがとうございます(´▽`)
当たり前のようにあった二人の時間が急に壊れて、勇樹も焦って心無い方向に進んでしまったんですねぇ
こういうやきもきって若さの特権でしょうか^^;
遠回りしていずれまた二人の時間が大人の形になって戻ってくるのかもしれません^^
何となく…
この二人は、また同じ傘に入ることになるような気がします。
それは私の望みなんですが^^;
読んでくださってありがとうございます(´▽`)
若いと、とにかく経験が少ないのですから、自分が思ってる「好き」が
本当に伝えていい「好き」なのか、とか、色々と考えてしまいますよね。
でもそういう、悩んだり泣けてきたりする時期が、
後々に良い思い出になるといいなぁ、と思ってます。
しかし、それを改めて意識してしまうと、
おそらく相手の気持ちが分からない以上に、
自分の気持ちが分からなくなってしまうのでしょう。
それゆえに、「好き」を伝えるのは難しい。
ゆえに、悩むのは若き恋人の特権と言えるのかもしれませんね。
読んでくださってありがとう(´▽`)
それが初めての恋なら特に、どう気持ちを言葉にすればいいのか、迷いますねぇ
でもそんな切なさやら何やらを乗り越えて、
人の気持ちに気付ける大人になれればいいなぁと思います^^
誰にでも経験がありそうな、だけどなかなか言葉にできない
気持が伝わってくる・・・・
ちょっとさみしく、せつなく、苦い想い、そして時間の針は誰にも戻せない・・・
そう感じられました。。
百目木さんのコメントこそ、上手い言葉使うなぁ詩的だなぁと
いつも感心してしまいます!
ほんとにいつもありがとうございます(´▽`)
ちょみさんって、消えてしまいそうな儚(はかな)げなものの描写上手ですね~。
少年文学っぽいのから、アダルトっぽい性愛と死の絡みまで、全部いけそう。
ライトな退廃と穏やかな成長が拮抗しあって、束の間の無風な時間現出♪
日常にぽっかり口を開けた物語の入り口がありますね~
読んでくれてありがとう~(´▽`)
(-ε-) ブーブーってそんなww
思春期の男の子だから許してあげてー(´▽`)
そのうち色んな恋愛経験を経て立派な男になって奈央を迎えに行きますから~多分^^
奈央ちゃんがんばれーーー
勇樹はどーよ
幼馴染だけなのかよって問い詰めないのかー
なんで奈央に全部答え任せるんだよぉー(-ε-) ブーブー
こんな感想書いてるの多分ワタシだけだろうな。ごみんちゃいー
読んでくださってありがとう(´▽`)
意地を張らなければいつまでも良い関係でいられたのに…
青春って時に残酷ですねぇ…
二人が素直に自分の気持ちを伝えあうには、まだしばらく時間がかかりますね。
いつもお褒めいただき、ありがとうございます>▽<
とっても励みになっております!
読んでくださってありがとう(´▽`)
子供って大人やテレビのマネして言葉使いますねぇ
こうやって語彙を増やしていくのですね…
大人になっちゃったら、もう色んなことを秘密にすることもないので、
きっと傘二つならべて良いおつきあいになるのかとww
あ、でも不倫だったら話は別ですね!
長い時間経過も忘れさせるテンポの良い文章構成・・・お見事です!(^0^)
傘の下の共犯。。すごく、大人の響きを園児が口にするって、面白いです(^o^)
おとな、中年になってから、再び傘の下の秘密ができちゃったら、すごいなぁって、妄想しちゃいましたwww
読んでくださってありがとう(´▽`)
あんまり褒められると調子に乗っちゃいそうです^^
誰しもこんな感じの経験があるのかなぁと思いながら書いたので
共感していただけたら嬉しいです^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
幼馴染って、近いようで遠いのですよねぇ
お互いの子供の頃からの何もかもを知っている分、
急に芽生える新しい気持ちの自覚が、芽生えたと解っても、それを伝える手段が、
戸惑いを産むのではないかなぁ…と。
あたしには経験ないので、想像するしかできませんが^^;
自分的にはそこらへんで読める漫画にどこか似てる感じで、どうかな~と思ったので
読んでいただけて、とっても嬉しいですvv
読んでくださってありがとう(´▽`)
>勇樹といっしょに歩くために大人用の傘を指していた
そうなんです~>▽<
それが奈央の愛情表現であることを書きたかったのだけど、
文字数制限の壁に敗北しました^^;
いつか二人が大人になって、それぞれにさした傘の真ん中で濡れるのも構わず繋がれた手、
そんな暖かい未来を思って書いたのですが、中途半端に終わって申し訳ないです^^;
読んでくださってありがとう(´▽`)
田んぼのあぜ道で、相合傘で帰る二人。とても仲睦まじげに見えるけど
けれど傘の下での会話は他の人には解らない…
こんな感じですね(´▽`)
素直になるって、結構難しいものですよねぇ^^:
ちょこさんのお子さんも、すれ違って泣いたりして、そんな経験積んで、
本当に大事な人を逃さずゲットして、
その人に素直に優しくできたり甘えたりできる大人になりますように(-人-)
笹山さんは…まぁ、友達とつるんで一人の女の子を問い詰めたりできるくらいなので
きっとそのうちそれなりにふさわしい彼が出来るんですよ…多分^^;
読んでくださってありがとう(´▽`)
あたしは以前、マクドナルドで目薬のさしっこする中学生男子を見ましたよ!
なんかもぅ!!!
好きカプで妄想してみてください!
うわぁぁぁコレ、サークルにトピたててみようかな!>▽<
一言では言い尽くせない感動が残りました。
素敵です。
そしてお見事です。
なんだかすごく切ない。
成長と共に、お互いの対人関係も広がるものね・・・。
奈央も勇樹もそれぞれが魅かれあっているのに、
思春期って自分の気持ちに素直になれない年齢だよね・・・。
ぐいぐい引き込まれて、一気に読んじゃったよ~。
こんどは、勇樹が成長して、大人用の傘を指すようになった。
そして、巡り巡って、大人用の傘を持つ勇樹が奈央の前に立つ日を予感させますね。
ものすっごい感情移入して読んでしまいました!
雨の情景が うちの横の田んぼ道に変換されてましたよ~
こういうすれ違いあるなあ・・・
いつだって素直にいられれば、苦い後悔もないものを・・・
娘息子には、素直にイ㌔と伝えます。
きっと笹山さんも、苦い想いをしちゃうから(;;)
誰かのスペアでもいい!って思えるくらい好きなのも、「恋」なんでしょうねえ・・・うん。
これと似たような中学生カップル見ましたよ~。あれは完全に付き合っているのかな。
うちの娘もこの間、アイアイ傘で帰ってきました。
傘持って迎えに行かないほうがいいのかな…。
互いを意識する瞬間ですね。
読んでくださってありがとう(´▽`)
今は切ないけど、お互いに回り道して幾つかのお付き合いを経て
戻ってくれば、よりお互いを大事に出来る関係になれると思うのです^^
読んでくださってありがとう(´▽`)
ハッピーエンドは字数制限の罠に負けましたww
やっぱりお互いに色んな人生経験を踏まないといけませんよね^^
もう少し長いと
このあともう一頑張りしてハッピーエンドかな
読んでくださってありがとう(´▽`)
幼馴染の男女だからって、何事もなくスムーズに関係を育てていけるワケがないのです。
成長の過程で膨らむ人間関係、友人やメディアから受ける影響。
でもいずれは一周回って元の鞘(笑)
その中のほんの『さわり』を意識してみました^^
そのまま、右肩上がりに成長して大人の世界まで一直線~という人生でなく、
途中で一回休みの切ない喪失感があって、大人になって感動の再会がある!
雨の日の傘や飴玉がなくても、本当のいい共犯同士になる日が将来訪れそう。
読んでくださってありがとう(´▽`)
この二人は紆余曲折して結局、社会人になった頃また重なるんだと思います♡
よろしかったらその過程を想像して楽しんでやってください(´▽`)