6月自作/トンネル『そこで生まれた彼の場合』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/06/20 23:35:35
以前に書いたブツを序章的なものから作り直してみます。
基本一話完結だけど、長くなりそうな予感。
産まれてきたことに、意味なんか無い。
そんな言葉すら、ここには存在しない。
村は突然に燃えた。
燃え盛る花畑の畔を逃げ惑う中で、少年は大人たちの断末魔を聞いた。
耳の端に、花から取れる《汁》を誰かが別の組織に横流しした為の報復らしい、そんな話を挟んだが、そんな恨み言には耳も貸さず、ひたすらに獣道を駆けた。
昔、村と他村を繋いでいたという峠道に在ったトンネルの入り口に辿り着いて、彼が見下ろした村は、揺れる花に彩られていたかつての姿を失い、ただの消し炭と化そうとしている。
おそらくは、そこに住んでいた住民たちを混ぜこぜにして。
燃え続ける村をまんじりと眺めている彼の、剥き出された肩にぽつりぽつりと滴が落ちて当たる。
あぁ、雨だな……彼はぼんやりと思った。
この雨は救いの雨になるのだろうか。
村を焼いた炎が周囲の密林に広がらないように手配はされているだろうが、その手を助ける雨だろう。
もっとも、そんな事すら彼には縁のない思惑なのだが。
ただ、背中に迫りくる炎からがむしゃらに逃げただけなのだ。その結果随分な火傷はおったものの、助かってしまったのは決して彼の本意ではないのだが。
これからどうすればいいのかすら解らない。
彼は降り始めた雨を避けるために、半壊してぎりぎり人が入れる程度にぽっかりと口を開けていたトンネルの入り口に身を滑らせた。
今までにも何度となく身を潜めるために訪れたトンネルだ。地面に散らばる瓦礫の場所はすっかり把握している。けれど用心にこしたことはない。
手掘りのごつごつとした壁に、火傷の生々しい手を這わせながら注意深く暗闇の中を進む。
トンネルの真中あたりまで来て、ぽつんとできた窪みに小さな体を沈める。彼が何度も訪れて、せめて体が痛くないように座るために、柔らかな土を敷き詰めた空間だ。
膝を抱え、光の届かない闇を睨むように瞳を開いてじっとしていると、頭の中に、慌ただしかったこの数時間が駆け巡ってくる。
朝はいつもと何ら変わりなく始まった。
村人を働かせるために組織が落としてゆく、少量の阿片を心の拠り所にいそいそと畑へ出てゆく大人たち。
いずれ自分たちもそうなるのだと、それ以外の可能性など何も持たずに黙々と働かされる子供たち。
村を取り囲む密林の空に赤く染まった陽が落ちたのを合図に、火は放たれた。
あばら家に逃げ込み、家と共に燃え落ちる人々。
村の外に逃げようと散り散りに密林へ入り、鳥を撃つように放たれた弾丸に倒れる人々。
少年が命からがらに逃げおおせたのは、幸運でも何でもなかった。
村の子供たちは一様に《逃げ場》を持っているからだ。
もっとも、殆どの子供たちは村の近場にしか逃げ場を持たないので、生きて逃げおおせたのは彼一人だった。
他に娯楽を持たない大人たちに、組織がおこぼれ程度に与える阿片。その為だけに身を削る彼らの焦燥は、手近な子供に振るわれる。
少年が他の誰も知らないその道を初めて見つけたのは、確かに偶然だった。
まだ組織が村に芥子を持ち込むより以前。
この場所に人が定住し始めた頃、他村とを繋いでいた唯一の道。
組織が車を使って入り込むために広い道路を敷いてからは、寂れ忘れ去られた村の歴史の一部だった。
ともあれ、彼は暗闇の中でようやく一息をついた。
すると急に、焼けた皮膚の激痛が彼を襲い始める。
気を失いそうな痛みと、眠る事を許さない苦痛が繰り返し訪れて、どれだけの時間をそうして過ごしただろう。
やっと痛みも感じない虚無に辿り着いて、静かに彼は目を開けた。
その先に、違う生き物の瞳を見つけた。
彼から少しだけ離れて正面に、じっと開かれた二つの青い光。
密林の獣。
彼は獣が、指先ひとつさえ動かなくなった肉体を終わらせてくれるために来たのだと思い、口端で笑みをこぼした。
けれど青い瞳は少年の期待を裏切り、そこから近づくことはなかった。
時折瞬きをしながら、彼を見つめるだけだ。
静かな暗闇の中で、双方の息遣いだけが荒く響く。
そうか。
彼は何とはなしに気付いた。獣も、自分同様にあの炎の犠牲者なのだ、と。
獣にとって、武器を持った人間は時に彼らを弱者に貶める。
闇の中で獣の姿は見えないけれど、自分と同じ哀れな敗者たる相貌なのだろうと思いつつ、彼は青い瞳を見つめ返す。
時間も止まったような闇の中で、確実に彼と獣は命を削り落としていった。
いつまで。
いつまでこうしていればいいのだろうな……
乾いてひび割れた動かない唇から、声にならない思いを少年が洩らせば、
もうすぐ。
もうすぐだ。
もう瞬きのためにすら開かなくなった青い瞳がうっすらと揺れて応えた。
そしてやっと、痛みも空腹も、苦しみも消えた。
彼らにとって今、死ぬことは快楽だ。
遠ざかってゆく意識はふわふわと舞うようで、肉体に刻まれた苦痛の全ては、遠いどこかに飛んで消えた。
最後に彼は、開かなくなったはずの瞼をゆるりと開き、目の前で消えた息遣いの主を想った。
あぁ、こいつを膝に抱いてやることができたら、きっとこいつも僕も、今まで経験したことのない……それを言葉で何と言えばいいのか解らないけど、そんな気持ちに包まれたんだろうな……
けれどそれはもう叶わない。
完全な静寂の後、意識を取り戻した彼はゆっくりと立ち上がる。
振り返って目を開いたが、光射さないトンネルの奥では、《それら》を確認することはできなかった。
けれど、そこに自分と獣の躯がうずくまっているのは解る。
二つの躯に向かい、軽く瞳を閉じて踵を返した。
彼は村と反対側のトンネルの出口に向かって歩き始めた。
この先はすっかり土砂に埋まり、潰れている事は知っていたが、導かれるように彼は小さな足で瓦礫を乗り越え歩き続けた。
小さな手が、塞がれた出口を見つけた。
少年だった頃にはなかったはずの尻尾が、二度三度くるくると回って、カラン、と軽い音を立てて瓦礫を転がり落とすと、青臭い茂った緑の光が線を引いて伸びてきた。
さぁ行こう。
存在しない未来へ。
小さな出口から器用に体をしならせ出て、改めて自分の小さな手を見て彼はふんわりと笑った。
そうか。これがあの獣の姿だったんだ。
痩せこけてパサパサの毛並みは、灰色に濁っていて美しくもなんともない。
所々毛の抜けた長い尻尾をくるりと回して、どんな悪戯が働いてこんな姿になってしまったのかを考えたけれど、まるで解らない。
けれどたったひとつ、解ったことがあった。
産まれてきたことに意味はない。
けれど僕たちが死んだことには、意味があったんだ。
堕ちかけた小さな命たちを無理やりに繋ぎ合わせて、誰かが自分たちに何かを願っている。
彼はその願いに向かって歩き出した。
そこはもう密林ではなかった。
白くぼやけた、ふんわりと明るい道筋をゆく。
彼はもう、自分が育ったはずの密林の村さえ忘れて。
やがては、自分を産んだ両親が存在していた事すら忘れて。
存在しない未来のために、痛みと空腹に怯える声の聞こえる方向へ。
自分の中の、もう一つの青い瞳の半身に囁きながら歩く。
そこには、僕たちに出来る何かがあるんだよ、きっと。
- 続く? -
読んでくださってありがとう(´▽`)
こういう、実情が表に出てこない事っていうのは、今まで読んだ本や観た映画なんかに左右されたり
書いてみても信憑性に欠ける薄っぺらいものになりがちで難しいです><
でも戦争や内乱に巻き込まれて、実際にこういう生活をしている子供が居るんだなぁ…
と思うと、軽々しくも書けないし…いや本当に難しいネタを使ってしまって、少々後悔しております^^;
現代に存在する恐ろしい社会・・・夢のない生活=生きることに意味の無い生活の中で生きていた少年が何だかとても不思議な存在に感じました。
読んでくださってありがとう(´▽`)
歴史というほど壮大なものではないですが^^;
忘れ去られて閉ざされたトンネルという空間が、とてもおごそかに思えて
生まれ変わる儀式にふさわしいような気がして、こんな物語を作ることができました^^
かつて、人々が行き来していた忘れ去られた歴史の瓦礫の中で、再び歴史がよみがえるのでしょうか。
読んでくださってありがとう(´▽`)
小さい獣、今度正体書きますよww
今の所誰も当てていませんので、「はぁ?こんなもん?」とか笑わないでやってください^^
ありがとう。続き頑張って今月中に書き上げます~
ん?フェンリルの小さい感じであってますか?
ちょみさんの文が迫力あって、うまく感想かけないです(TT)すみません。
続きを待ってますね~。
読んでくださってありがとう(´▽`)
青い瞳の獣は、パトラッシュよりずっと小さいのですよ(>ω<)
次のお話で正体が出てきます^^
でもあんまり期待しないでやってくださいね^^;
互いの死期を寡黙に共有しあってる場面、、いい。
ちょみさん、生死のあわいを描くの、うまい♪
>こいつを膝に抱いてやることができたら
↑ ネロがパトラッシュ抱くの思い出してほのぼの^^
>誰かが自分たちに何かを願っている。
>彼はその願いに向かって歩き出した。
ここいいですね~
使命を帯びて生まれてきたわけじゃないのに、
歩み出した先に「誰かの願い」が待ってる。
読んでくださってありがとう(´▽`)
世界規模で考えたら、そうやって消えていく命は多いんですよね。
テロやギャングや飢餓や不衛生。
だからって個人がそれを意識した所で、何かが変わるわけではないのが現実なんですよねぇ
と、いう話を昔友達と朝までやってた時期がありました^^;
いつだったかテレビでコロンビアの10歳位の、少年ギャングのボスが
「俺はもう何人も殺っている。俺もその内、誰かに殺られるかもしれない。
でもそんな事は、ここじゃ当たり前なんだよ。」
みたいな事を、表情ひとつ変えずさらりと言っていたのを思い出した。
読んでくださってありがとう(´▽`)
ってまた夜更かし~ww
でも夜更かしして漁に出れるくらい元気になったってことなのかな^^
戦争とかテロとか宗教とか歴史って、実はあんまり書きたくないんですよ~
勉強不足で知識足りてないのがバレるから(笑)
だからこっから先はそういうの多分無いですww
産まれた命は死んでいく未来があるから、平等なのかもしれません。
問題はそれをどう受け止めるか、なのかなぁ…
あ、でも今回は、やあさんの「切ない~」が無かったーww
読んでくださってありがとう(´▽`)
先の展開を意識したので、かなーり意味不明な個所もあると思うのですが
面白いと思っていただけたら嬉しいです~^^
この先には阿片も戦争も出てきませんが、よろしかったらまた読んでやってくださいペコリ
死を快楽と感じる生涯は切ないけど、楽になれてよかったなぁという読後感を持ってしまったぁ^^;
>他に娯楽を持たない大人たちに、組織がおこぼれ程度に与える阿片。
その為だけに身を削る彼らの焦燥は、手近な子供に振るわれる。
あああ・・・。 ちょみさんのこの表現、凄いです・・・。
決してHAPPY ENDとは言えないのかもしれないけど、それでも少年にとっては、死=安息だったんだよね。
痛みも空腹も、苦しみも消えてよかったと思う・・・。
生き続けることよりも、彼にとっては確かな幸運だったのだと・・・。
続くんでしょうか、続きも楽しみですー!
地味で暗い話になるのを何とか笑える要素を……
っと思ったのだけど、ねぇ…orz