Nicotto Town


ぺんぎんうどん


6月自作/傘『そこに佇む少女の場合』

シリーズタイトル『からんころん』 2



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 雨の交差点は、少しだけ切なくて。



 そぼ降る雨に濡れながら、少女はそこに立ち竦んでいた。
 まだ、幼い。
 白いワンピースの裾が華奢な足に絡み付いて、色素の薄い皮膚を透かして見せる。
 その裾をちっちっと引っ張るモノが居た。
 少女はくるりと背後を振り返ったが、誰も居ない。けれど裾はちっちっと引っ張られる。つられるように視線を落とすと、青い瞳の猫がそこに立っていた。
 可愛くも何ともない、痩せこけて荒れた灰色の毛並みを毛羽立たせ、細長い尻尾は所々が剥げている。
 猫は裾を片方の前足の爪にひっかけて、器用に引っ張りながら、後ろの足二本で立っていた。
 少女は猫の青い瞳に一瞬だけ目を合わせたが、口端ひとつ揺らさないですっと横断歩道に視線を戻した。
「オマエ、なに見てるんだ?」
 猫が訊ねる。けれど少女は応えない。
 しばらく返事を待っていたが、
「ま、しょうがねぇか」ひとりごちた。
 裾を爪で引っ張っても揺らしてもまったく反応を示さない少女に、ふぅっと溜息をつきながらまた話しかける。
「なぁ、オマエそのままじゃ濡れちまうぞ。いや、もう濡れちまってるけどよ。
 でも子供がそんな風に濡れるのはいいもんじゃねぇぞ」
 猫は痩せた尻尾を宙に浮かせ、くるくると弧を描きながら、もう片方の手に持っていた傘を差しだした。
 白いだけの何の飾りもない傘だ。
「これを使え」
 冷たい雨の中で、暖かな木造りの柄が少女の手の甲に触れた。
 けれど少女はその温もりにさえ、指ひとつ動かさない。
「しょうがねぇな」
 猫が爪で傘の受骨を押し上げ、カチリと開き、少女の足元に差しかけると、ふっとそこに違和感が産まれた。
 少女は足元に視線を落とし、斜め掛けに差しかけられた傘の内側を見つめている。
 雨はそぼろ降っている。
 けれど目の端に映った傘の外側で、雨は落ちることなく滴のまま宙に留まっていた。
「オマエにはちっと難しいかもしんねぇけどな、この傘は差した内側を残して、外の時間を止めちまうんだ」
 フンと鼻を鳴らしながら猫は聞かれてもいない事を教える。
「ま、そんな事オマエには関係ないだろうけどな、雨をしのぐくらいはできるからな」
 さぁ、と再び差し出され、少女はおずおずと受け取り、柄を小さな両掌で握りしめた。
 
 傘の下で、少女の周りにだけ湿った風が吹き、スカートの裾を弄ぶ。
 宙に浮いたままの雨滴。不自然に足を止めた人々。車が跳ねあげた水溜りが風に揺らぐカーテンのように広がる景色。
 瞳だけを動かしてぐるりと周囲を見回すと、少女は静かに傘を閉じた。
「なんだ? 差さないのか?」
 ネコがスカートの裾をまた引っ張ると、少女は無言で傘をネコの額に押し付けた。
「要らねぇのか? でも一度オマエにやったんだ。返されても困るんだ」
 喉の奥でもごもごと言いながら、押し付けられた傘を少女の手に押し返す。諦めたのか、少女はやっとで傘を小さな手に握った。
 差すわけでもなく、手の中で柄を握ったり緩めたりしながら持っている。ただ木の感触を楽しんでいるだけのようにも見えた。

 雨はそぼろ降り、時に止んで、また降りそぼる。
 少女は濡れたまま立ち続ける。
 朝も昼も夜も、ひがな一日、一歩も動かないまま。
 猫は小さくため息を吐く。
「子供が、そんな風に濡れちまうのは良くないんだけどなぁ」
 少女の隣で見守るように猫も立ち続ける。
 もう何日、そんな雨の日が過ぎて行っただろうか。
 そしてやっと、少女が動いた。
 雨が止んで暖かな日差しが雲間から覗く朝だった。
 少女が立つ横断歩道の横、ガードレールの下に、咲きたての白いユリがそっと添えられた。
 置いたのは少女より幾分年上に見える、セーラー服の娘だった。
 彼女が花を置き、手を合わせ、立ち上がって赤信号を待っているその時、少女は突然に傘を開いた。
「おいおい、もう雨は降ってないぞ」
 猫の言葉は相変わらず耳に入っていない。
 少女は傘を開いて時を止め、彼女の足元にしゃがみこんで、そっと傘を差しかけた。そして彼女の靴に指をかけて、静かに傘を閉じた。
「おい、そんな事したら……」
 彼女が転んでしまうだろう、言いかけて猫は言葉を呑みこんだ。
 再び動き始めた時間。
 靴の具合がおかしいと、彼女が足元を覗いた瞬間、少女は指を話す。彼女はバランスを崩して、ぐらりと前のめりに転がった。
 そして車が走ってくる。

「そうだよな。ソレがオマエの願いだったんだからな」
 人の耳には届かない願いを聞いて、猫は傘を携えやってきたのだ。
 だから少女のする事を、ただじっと見守るしかない。
 転んでいる彼女に車が迫る。
 少女は少しだけ唇の端を噛んで、再び傘を開いた。
 彼女に傘を差しかけて、手を掴んで歩道に引っ張る。
 次に傘が閉じられた時、動き始めた周囲は不思議な光景にざわめいた。轢かれたと思ったはずの彼女が、歩道に無傷で倒れていたのだから。
 後ろから学生服の少年が慌てて駆けつけて来た。
「大丈夫か? 美也ちゃん」
「うん。でも私、どうしちゃったんだろう」
「危なかったんだよ。急に道に倒れて……」
 彼が彼女の手を取り、寄り添いながら青に変わった信号を渡る。
 渡り切った横断歩道の向こう岸で、彼女は不意に思い出したように振り返った。
「茜ちゃん? 茜ちゃんが助けてくれたの?」
 彼女の眼には見ないはずの少女の姿。けれど彼女は今、その存在を感じていた。
「美也ちゃんが幼稚園の時の友達だね。仲が良かったんだろう?
 ……ずっと見守ってくれていて、助けてくれたのかな」
 彼は彼女の手を握り、「良かったね」と呟いた。

 「ありがとう」と涙をこぼして立ち去る彼女と彼の背中を見送りながら、猫はまたひとりごちる。
「勝手なこと言ってらぁ。
 時間が大人にしてくれるヤツらが、こんなチビに《見守って》なんて言ってんじゃねぇよ。なぁ? オマエ?」
 見上げる猫に、少女は口端を緩めて笑った。

「独りぼっちは嫌だ。それがオマエの願いだったな。だからオレは来たんだ。
 でも引っ張るのは良くないんだぞ」
 猫は痩せた尻尾で傘を軽く撫でた。
「オマエ、偉かったな。良くない事をしなかったんだ。
 だからこの傘のもう一つの使い方を教えてやるよ。頭にすっぽり被るように差してみな」
 少女は猫に言われるまま、傘を差した。
「頭から被って、ゆっくりそのまま閉じてみな」
 少女はゆっくりと傘を閉じる。
 傘はするすると少女を呑みこみながら閉じられてゆく。
「独りぼっちじゃない所に行くんだ。
 オマエは大人にゃならねぇけど、そうやってずっと笑ってりゃいい場所があるんだ。
 そうさ。子供は晴れた日の雲みたいに、ふわふわ笑ってるのが一番いいんだからな」
 傘は少女を足元まですっかり呑みこむと、少女もろともに霧となって消えた。

 
 最後まで消えたのを見届けると猫は、車が往来する交差点を、するすると渡りはじめる。
 けれど誰にも猫の姿は見えないので、事故の起こりようもない。
 そして、痩せた尻尾を謳うようにくるくると回した。

「さて、と」
 誰かの願いが、聞こえる方へ。



-続く?かな?-

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2012/06/30 22:48
>まゆさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

にゃんこは野良にゃんこなので、薄汚れてて栄養失調だと思ってもらえれば。
なにその酷い設定、みたいなww
でも絵にすると可愛くなるんだろうなぁ^^;
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2012/06/30 22:38
お友達を助けるためにずっと時を待っていたのですね。
成仏してよかったね^^

この猫さんは、可愛くないって書いてあるけど、わたしの中では、けっこう可愛げな想像図です。
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2012/06/30 17:33
>やあさん

読んでくださってありがとう~(´▽`)

ねこさん、カッコいいのかなぁ(笑) ホントはは単純おばかさんなんですよ~
そういうのもいずれ書くことになると思います^^
切ないのは…テーマ上しかたないと諦めてやってください~><

次はいつになるのかな…ドキドキvv
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2012/06/30 16:43
あああ・・・・。

片手にはてんこもりの切なさ。
もう片っぽの手には、ねこさんのことばをいっぱい積み上げて
立ち尽くしちゃいました・・・。

ねこさん、ちょっとかっこいいかも・・・^^

ちょみさんワールド、次も楽しみ~^^
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2012/06/30 13:17
>そよそよさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

そっか! あやかし系に入るんですねコレvv
以前から構想はあって、書いたこともあるんですが、
テーマが重いので、さくっと読めるように書けないかなぁと悩んでました。
枚数を少なくすれば淡々と書けて、良かったような気がします。

夏目、五期もアニメ化が決まりそうで、二次創作頑張ろうかな~とウハウハですよ~うふふー
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2012/06/30 13:12
>ミクンさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

長靴をはいた猫のストーリーを忘れてしまって…^^;
どんな話だったっけ><
明日図書館行ってみます~
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2012/06/30 08:15
ちょみさま

面白かったです。
ひっぱられるってこんな感じなんだと感心してしまいました。
妹かの現場に花を手向けに行った、姉が母親の目の前ではねられみたいは記事を読んだことがあります。
そういう事あるのかもしれませんね。
少女が事故をおこしかける事も、それをしないと、成仏できなかったんでしょうね。

それにしても、ちょみさま、あやかし系を書く時がいきいきしてるような気が。
夏目好きでしたよね♪
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2012/06/30 04:13
わたしも、長靴を履いた猫を思い出しました。
次も楽しみです。^^
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2012/06/30 01:15
>かいじんさん

読んでくださってありがとう(´▽`)

びっくりさせてすみませんでしたー><
テーマが子供のこういうものなので、書いては公開を躊躇ってきたのですけど、、
3000字という枠のおかげで、感情に流されず、くどくならずにさっぱりと書けた気がします。
次のお話…いつになるのかなぁ…^^:
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2012/06/30 01:10
>百目木さん

読んでくださってありがとう(´▽`)
私が思うに成仏って簡単な事ではないのではないかと。
成仏することが正しいとは限りませんし、
人生経験が少なく純粋なだけに残りやすいものはたくさんあると思うので、
それを拾い集めてくれる何がが居てくれればなぁ、と、思っての猫です^^:
長靴を履いた猫ってこんな話だったっけ…よく覚えてない…(汗)
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2012/06/30 00:47
途中、びっくりしたけど、最後は少女も一人じゃ無い場所に旅立てて
よかったです。

次の話もとても興味があります。
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2012/06/30 00:04
これは不思議なお話ですね~。雨傘をさした猫。
きっと成仏できないでいる死者の霊を鎮めているんでしょうね。
一話ではケシを栽培する村から脱出した少年、
二話では昔自動車事故で亡くなった幼稚園児だった少女、
青い眼の猫は冥界から派遣された使者なんでしょうね。
なんとなく、長靴を履いた猫の現代版といった趣ですね♪



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