Nicotto Town



上野動物園 血風録

「もう一つの上野動物園史」
  小森 厚  丸善ライブラリー


上野動物園のパンダに赤ちゃん誕生、
というニュースがありました。
うれしいニュースではありましたが、
異常な過熱も危惧しています。

そんな中、数年前に読んだ本を思い
出したので、その時に書いた感想を
転載します。

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1882(明治15)年3月20日、上野動物園は
開園した。

首都圏に住んでいる人であれば、行った
ことがある人も多いだろう。

自分もカンカン、ランランのパンダ騒ぎの頃、
行った覚えがあるが、肝心のパンダは遠く
からチラッと見えたような見えなかったような、
という程度の記憶しかない。

これは、様々なエピソードで綴る上野動物園
の歴史である。

開園当初から戦前までは、動物を集める事に
関する事件が多い。
戦中は悪名高き「戦時猛獣処分」があり、
終戦直後は、いかにして動物たちのエサを確保
するか、というエピソードが主。
その後、世間が落ち着いてくると、人間と動物
の関わり方に関するエピソードが多くなる。

印象に残るのは、
「戦時猛獣処分」

「パンダ騒ぎ」

「戦時猛獣処分」は、様々な悲しいエピソード
がすでに別の本などで語られているが、意外
なのは、これは軍の命令ではない、という点。

ただし、非常の時には、非常の決断が下される
ものだと思うので、今の自分がどうこう言える
筋合いのものではないと思う。
せいぜい、こんな決断をする状況が2度とない
ように、と祈る程度のことしかできない。

そして、冒頭でも書いた「パンダ騒ぎ」
「客寄せパンダ」という言葉もある通り、かなりの
バカ騒ぎだった。

が、舞台裏は、かなりおかしな事になっていた
らしい。
報道陣との約束を守るために、周りの景色は
どう見ても夕方なのに、VTRには「交尾の時間
は午前6時」とされていたり、ランランが発作を
起こした時は、詰めかけた報道陣のために
事務所がマヒ状態となったり。

当時、パンダ担当だった著者は、ランランの
死亡会見(これまた異常な光景)の時、涙を
流す。
それは、ランラン死亡が悲しかったからでは
なく、この異常事態になすすべのなかった自分
へのもどかしさとくやしさからであったという。

最近は、このようなニュースは聞かなくなった。
動物の展示の方法も野生に近い状態で観客に
見せる「行動展示」という方法が多くなってきた。

が、何かの動物がブームになった時、また
このような事が起こったりしないだろうか。
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すでに大騒ぎになりつつある・・・。

アバター
2012/07/11 21:12
パンダの方は
「何、ジロジロ見てんだよ」
と思っているのかもしれません。
アバター
2012/07/10 15:36
目が笑ってないよね^^;
アバター
2012/07/08 16:20
「熊」ですからね。

パンダの赤ちゃん、白黒模様が出てくる前は「謎の生物」と言っても通じそうです。
アバター
2012/07/07 23:08
パンダ、カワイイとは思わないワタシって、非国民?
近くで見ると、パンダって、けっこう凶暴な顔してますもの。
何度も見たいとは思わないけど・・。



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