「契約の龍」(64)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/29 02:06:35
「古文書解読」の授業が始まる前に、「図書館地下書庫転移陣通行呪符」(通称・地下書庫入庫パス)の発行申請手続きを行った。クリスの「冗談」を真に受けたわけではないが、やはりわざわざ必要になる度に借りに行くのは面倒な気がしたからだ。
そのついでに、第七層と第八層にある資料の目録に、ざっと目を通すことにした。……見覚えのない資料の在処が判ったりしてしまったら、怖いので。ごまかしだという事はわかっているが、全く得るものがなかったわけでもないので、良しとしよう。
…だが、パスを取得して一週間。未だに第六層からの階段を下ろう、という気には、なれなかった。…まだ。
学長から緊急呼び出しがかかるときは、あまりいいニュースではない。
殊に、クリスを伴って学長室へ呼び出されるとなると。
今回の「凶事」はジリアン大公の逝去、だった。
「嘘…」
そう言ったきり、クリスは絶句してしまった。
「詳しい事情は届いてないが、どうやら事故らしい。領地の巡察に出て、そこで変事があったらしい、としか聞かされていないが」
どうやら学長のところにも詳細は届いていないらしい。
「これで、事実上「大公家」はすべてなくなってしまったわけだが。どうするかね?クリスティーナ」
「どう、というと?」
学長が、言葉を選びながらクリスに現在の状況を告げる。
「王族」はもはや三人しかおらず、そのうち一人は意識を回復する見込みがほとんどない昏睡状態にある事。
そしてその昏睡状態にある者が、暫定的に「王太子」の立場にある事。
この学院でなくては学べない事、というのは、クリスにとってほとんどない事。
「陛下からは決断を急がせよ、というような指示は届いていないが…わかるね?」
「つまり、「ゲオルギア」を選んで、ここから立ち去れ、という事でしょうか?」
「そこまであからさまには言いたくないですが…そういう決断を迫られることが、いずれ…遠からずやってくる、ということです。…今のところは、陛下が押さえてくださっていますが」
「陛下、が…」
「陛下も、私たちも、あなたやソフィアが「ゲオルギア」を拒否しているのを知っていますから、無理を言いたくはありません。ですが…状況がそれを許さないこともありうるのだ、ということも、覚えておいて戴きたいのです」
「…少し…考えさせて、ください…」
「良いお答えをお待ちしていますよ。…あ、アレクは残って」
「…はい?」
学長に引き留められたので、クリスを見送って学長室に居残る。
「残念ですが、彼女の望みは叶えられそうにないですね」
ドアが閉まったところで、学長がポツリと言ったので、ドアの向こうに富んでいた意識を引き戻す。
「…そのようですね。…まあ。もともと叶う見込みは薄そうでしたが」
「おや?君はそう思いながら手伝っていたんですか?」
「…彼女の意思は尊重したいですが…それが叶えられる条件と言ったら、クレメンス大公が意識を取り戻すか、クリスの異母兄弟に「金瞳」が現れるか、しかありませんから」
「もう一つありますよ。彼女自身が、「金瞳」を持つ子を生み出して、その子を置いて故郷へ去る、というのが」
…どうしてそういう考えを俺の前で口にするんだ?陛下も学長も。
「……どういう意味でしょうか?」
「言った通りの意味ですが。彼女自身が意識しているかどうかはわかりませんが、彼女が望んでいることは、「自分がゲオルギア王家と縁を切って、故郷へ戻る」ということですから」
「そう言い変えてしまうと……ずいぶん身勝手に聞こえますね」
「人の望みなんて言うのは、突き詰めれば、勝手なものですよ。たとえどんなに表面上は利他的に見えたとしても」
相変わらず、教育者とも思えない言葉を口に乗せる。
「君が献身的なまでに彼女のわがままに付き合うのも、利己的な動機がない、とはいえないでしょう?」
…それは、認める。
「同時に、彼女の望みをかなえるのに消極的なのも、叶えてしまったら、彼女がここから立ち去ってしまう、という意識があるのではありませんか?」
「消極的…なつもりはありませんが」
「自分の事というものは、意外と自分ではわからないものですよ?」
クリスと同じような事を言う。
「まあ、彼女の方だって、自分の事が解っているわけではなさそうなので、それくらいは仕方ないですよね」
クリス自身、自分の事が解っていない…?
そう思われる節は多々あるが、この人があえて言うには、それなりの思惑があるのだろう。だが……何を指してそういうのかが解らない。
「ところで、…何かお話があって俺を引き留めたんじゃないでしょうか?」

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- ぃた
- 2009/06/29 22:08
- ちょw 続いてる~~~~w
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