「契約の龍」(65)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/06/30 08:12:36
「ああ、そうだった。懲罰委員会から、協力要請がありました。施術者の死亡で、壊れかかってる首輪がいくつかあって、修復を頼まれています」
「首輪」というのは懲罰委員会が「要監視魔法使い」に施す魔法の事で、レベルによって魔法の行使状況を監視する程度のものから、魔法の発動を抑制するものまである。その性質上、一人で行う魔法ではなく、術のレベルや対象者の能力によって、二人から最大十人によって発動される。
「…ジリアン大公が、だったんですか?」
「さあ、それはわかりませんが。やってくれますね?」
「首輪」の施術者の人数や、誰が誰を監視しているか、というのは、懲罰委員会の記録のみによって管理されている。
「仕方がないでしょう」
懲罰委員会の協力要請に従わず、何か目論んでいるのでは、と疑われるのも嫌なので、要請には快く応じるようにはしているが…この一年余りで三回目、というのは、少しばかり回数が多くないだろうか?
「……いつも思うんですが、このシステムって…施術者が監視対象になるかもしれないってことは考慮されてないんでしょうかね」
「どうでしょうね。懲罰委員になった事はないので、何とも言えませんね」
そう言って、軽く肩をすくめて見せる。本当のところはどうだかわからないが。
そもそも、懲罰委員会自体、どこにあるのか、だれがメンバーかもわからない。
「では、これ、お願いしますね」
と、ひと束の術符を手渡されたが……前の時より、多くないか?
それに、未使用と思われる真新しい術符も見えるが。
「やり方は、覚えていますね?修復が終わったら、こちらへ届けてください」
「期限は?」
「いつも通りです。万一、修復中に術の発動があったら」
「連絡、ですね。了解しています」
「物覚えが良くて結構ですね。では、よろしく」
ドアを閉める直前に、「クリストファーの方だったら、こんなに面倒じゃなかったのにねえ」と溜め息をつきながらつぶやくのが聞こえたが…わざと聞こえるように言ったんだろうか?
「クリストファー、ですか?ええ、クリスティンと同じ歳ですよ。誕生日も同じ。…それが何か?」
寮の廊下で、クライドを見かけたので、二人の「クリス」の年齢差について訊いてみたら、こんな答えが返ったきた。
「誕生日まで?ずいぶんと紛らわしいんだな」
「ええ。でもまあ、クリスティンのうちは、村からちょっと外れたところにあったし、遊び仲間も違ったんじゃないかなあ。大人たちが呼ぶときは…フルスペルで呼んでたかな。特に叱りつけるような状況だと」
「…なるほど、互いに「自分じゃない」って言い張るわけだ。「誰がやったんだ?」「クリス」「どっちの?」みたいな状況が浮かぶよ」
「あはは…まさにそれ。…というか、怒られそうなときは、わざと相手になすりつけるような偽装をしてたような」
「ふうん…思ったほど険悪な関係じゃあないわけだ」
「そりゃあ………嫌われたくはないですよー、あんな綺麗な子に。しょっちゅう村に遊びに来る、ってわけでもないのに」
村のはずれに住んでいて、めったに村にやってこない、かわいい女の子。
それが、自分にだけ冷たく当たるとしたら。
「…ちょっと、辛い、というか、切ない、というか…気の毒だな、君のお兄さんて」
「なので、クリスティンが村にいる間は、なるべくクリスの名を呼ばないように気をつけて…」
「じゃあ、実際のところは、村のほとんどの人は「クリスティン」て呼んでるんだ?本人のいないところでは」
「んーと…どうだったかなー……」
しばし考える様子を見せたが、「思い出せないなあ、すみません」との返答だった。
「まあ、答えを期待してたわけじゃないから。呼びとめてすまなかったな」
そう挨拶して別れる。
目が泳いでいたから、あれは「思い出せない」ではなくて、「言いたくない」もしくは、「言えない」ということだろう。
人には言えないような名で呼んでいたのか、それとも、クリスに伝えられるのを恐れたのか。……まあ、どうでもいいか。