Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(68)

 ジリアン大公の所領は、小さな貿易港を擁している。貿易港、とは言っても、現在では河川から内海への積み替えが主になっているところだが。
 大公はそこへ巡察に出ていて、高波に呑まれた、ということだ。一緒に波にのまれた三人のうち、一人は自力で陸に上がり、一人は二日後に遺体で発見、大公だけが、一週間探しても見つからなかった、という。
 過去にも王族が変事に遭ったことは少なくないが、少なくとも安否だけは「龍」を通じて確認することができた。だが、今回は、それさえもできない、というので関係者の困惑は甚だしかった。
 結局、変事から十日が経っても安否が確認できない、ということで、大公は公的には死亡扱いになった。ただ、遺体が上がらなかったことから、大公家は断絶、ということにはならなかった。過去に似たような状況で生還した例があるからだ。
 他ならぬ、王国の始祖・ユーサーの事だ。
 遺体が上がらなかったため、ジリアン大公の葬儀は、身内だけで、ひっそりと行われた。にもかかわらずクリスはその葬儀に出向いて行った。その港町がユーサーの出身地である、という理由で。葬儀が行われるのは、その街ではないのに。
 クリスが出向く、ということは、当然のように俺がお供を務める、ということで、引きずられるようにして大公の館までやってくる羽目になった。今回は、学長のお供は無しで。
 葬儀に出ていた大公の「遺族」は四人。大公の現在の夫――『王室名鑑』によれば、ティモシー・ギレンス・エスタシアス伯、だ――、長男の妻と子供、…そして、非公式であるが、伴侶だった、魔法使いの男性、である。
 だが、この館には、「遺族」がもう一人いた。
 大公の次男、――『王室名鑑』によれば、確か名前をサイモン、といった――は今年に入って間もなく亡くなり、後には妊娠中の婚約者が残された。臨月を迎えているこの女性は、現在館に滞在中だが、健康状態があまりよろしくない、ということで、葬儀には出てこなかった。
 「「大公」が継げる子がお生れになるといいですね」
 「あなたは…そういうことはお判りにならないのでしょうか?」
 葬儀が終わった後の会食で、クリスがジリアン大公の夫に話しかけると、そう返された。どうやらジリアン大公から話を聞いていたらしい。 
 「申し訳ありませんが、私にはわかりかねます。それが判るくらいなら、ジリアン大公の安否も判るんじゃないかと思います」
 「ああ…それはそうですね。益体もないことを伺ってしまった。エレオノーラがあんまり嬉しそうにあなたの事を話すので。…ああ、他には漏らしていませんよ」
 「…お気遣い、ありがとうございます。…ところで、大公が災難に遭われた、という町は、確か、始祖ユーサーの…」
 「はい、そうです。それで、本来の所領とは、飛び地になっているのですが、比較的近い、というので管理を任されていて。いつもだと巡察は春先なんですが、今年はごたごたがいろいろあってこの時期に」
 「一度、その街を訪れてみたいのですが…ご迷惑でしょうか?」
 「それは…構いませんが…今の時期では案内に人手が割けなくてご不便をおかけしてしまうかと」
 「でしたら、私がご案内しましょう」
 それまで離れてやり取りを見ていた三十代半ばの男性――この中で唯一面識のある、つまりハース大公の葬儀で会ったことのある人物だ――が初めて口を開いた。
 「ギレンス伯は事後の手続きや通常の業務が合ってここを動けないでしょう?私ならばそういった仕事もないし、ある程度はあの街の事も知っておりますから。…少年少女を案内しても大丈夫なところであれば」
 「…頼んでも構わないだろうか?…その、エレオノーラはおらんのだが…」
 「この人たちならば、純粋に案内だけですむでしょう。それに私も、そろそろ次の仕事先を見つけなければいけないんじゃないかと思い始めたところで」
 「それなんだが…サイモンの子供が生まれてくるまで、保留にしておいてはもらえまいか?もちろん、その間の報酬は支払うが」
 …ここの家も、やはり何やら事情があるらしい。
 やり取りをしばらく見ていたがどんどん話がずれて行ってしまうので、どうしたものかと思っていると、クリスがおずおず、といった様子で口を挟んだ。
 「あの……食事が終ってからで構わないのですが……その、妊婦さんのところへお見舞いに行きたいのですが……だめしょうか?」
 「…それは…よろしくお願いします」
 しばしの間があって、ギレンス伯が申し訳なさそうな顔をしてそう答えた。

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