8月自作/スイカ 『夏は過ぎ(仮題)』
- カテゴリ:自作小説
- 2012/08/11 14:19:38
家の中でも、開け放した窓の外からも、聞こえてくるものは風に弄ばれる葉擦れの音と、姿を見せない鳥の鳴き声。そして私道を少し下がった川のざわめき。
四歳のこの夏まで街しか知らなかった千代には、何もかもが珍しかった。庭に広い野菜畑があり、縁側の先に井戸のあるこの家も、道に出て十分、二十分と走れどすれ違う人の無い雑木林の砂利道も。
けれど興奮に我を忘れてはしゃいでいられたのは、この朝までだった。
年寄り夫婦が肩寄せ合って住む家に、幼い娘を連れてきた当の両親が街に戻って行ったと知ってしまってからは、もう何を見ても喜べない。
木漏れ日の合間を抜けてゆく大きなアゲハの悠々とした姿さえその目には映らない。
縁側でぽつんと座る孫娘の背中を眺め、爺は読んでいた本を伏せて声をかけた。
「井戸の桶に西瓜の入っとる。ちょうど冷え頃やけ、食うてみぃ」
千代はちらりと振り返り、伏し目がちに首を横に振った。
「ママがまだ包丁は使わせてくれんの」
「包丁がのうても西瓜は食える。ほれ、そこのちぃと大きい石をガツンとぶつけりゃ割れるけん、やってみぃ」
千代はごくんと喉を鳴らして爺をちらちらと見ながら縁側を降りた。
『うん、うん』と頷きながら爺は見守る。
とっとっ、と井戸の手前で足を止め、しゃがみこんで石を探した。これかと思う石を持ちあげて爺に見せると、にこやかに頷かれて千代も「うん」と笑った。
さぁ割るぞ、と意気込んで西瓜を振り返り、千代は呆然と立ち止まってしまった。
井戸の横に千代と同じくらいの男の子がしゃがみこんで、先に西瓜を割ってしゃくりしゃくりと食べているのだ。
千代は爺を振り返ったが、相変わらず『うん、うん』とにこやかに頷くばかり。
思い切って、男の子に声をかけた。
「それ、ちよのぉ……」
震える頼りない声に男の子が上げたその顔を見て『ひっ』と言葉を失った。
何とも面妖な容貌である。青白い顔の中に大きな目がカッと開き、異様に小さな目玉がぎょろりと動く。ぼさぼさの黒い髪は上に引っ張られているように奇妙に立っている。
男の子は千代が身動きもしないのを見て、すっと手を伸ばし、西瓜の一塊を差し出した。
おずおずとそれを受け取ると、爺と男の子を繰り返し見返しながら、千代はさくり、と赤い塊に口をつけた。
乱暴に砕かれた一塊は、昨夜食べたきれいに切りそろえられた一切れより、ずっと甘く、じゅわりと口の中で広がる。
「おいしい」
千代が声を張り上げて顔を上げると、爺は『うん、うん』と頷き、男の子は口端を上げてにんまりと笑った。
小さな二人の子供は井戸の横にしゃがみこんで、口の周りを真っ赤にして夢中で西瓜をむさぼった。
最後のカケラまで食べてしまって、千代が男の子に「ありがとう」と言おうとして顔を上げると、いつの間にか、男の子の姿は消えていた。
爺に『あの子は?』と聞いても、座椅子に座り伸ばした右足をぽんぽんと叩くばかりで答えてくれない。何年か前に沢に落ちて岩に挟まれ砕かれた足だ。今はもう動かない。
仕方なしに、畑から帰ってきた婆にその事を話せば、夕餉の支度の手を止めて千代と同じ高さに顔を合わせてにっこりと笑って教えてくれた。
「そりゃぁエンコ様だ」
「エン……?」
「神様のようなもんじゃ。
子供と夏の野菜が好きやけん、千代と西瓜の匂いに釣られて来たんやろう」
「神様なの?」
異様な顔かたちではあったが、それでも千代には同じ年頃の子供に見えた。
「悪さはせん。来たら遊んでやるとええ。あれも寂しい神様やけんなぁ」
千代は小さな手を胸の前で握りしめて、じっと婆の言葉に耳を傾ける。
と、急に婆の顔つきが険しく変わった。
「けんど、エンコ様が相撲を取ろうだ、川で遊ぼうだ言うたら、
それはついて行っちゃいかん。
これだけは守りぃ」
「何で?」
千代が声を震わせて聞いたが、婆はそれには答えずただ目を伏せて、首を横に振った。
それから毎日、男の子は井戸の横に現れた。
爺がにこやかに頷くので、千代も気持ちよく庭のトマトや西瓜を男の子と捥いでは食べた。
一度は縁側に上がり、折り紙をしようとしたが、指の間に薄い皮の張っている男の子の手はいつも濡れていて、折り紙を破いてばかりで遊びにならない。けれど男の子は気にもせず、葉を口に当て笛にしたり、船にして桶に浮かべる遊びを千代に教えた。
ほどなくして週末が来て、千代の母親が老夫婦の家に訪れた時も、千代と男の子は井戸の傍で笑い声をあげながら遊んでいる最中だった。
「お父さん、千代を見てくれてありがとう」
明るい母の声を聞いて、千代は遊びの手を止めた。
「ママが来た」
嬉しそうに声を弾ませる千代に、男の子は首をかしげる。
「あのね、ちよのママはお仕事してるの。
やからちっちゃい時は保育園に行っとったんやけど、今行ってる幼稚園には夏休みがあるから、その間、ばあちゃんの家でご飯食べなさいって。それでちよはここに来たの」
男の子は相変わらず首をかしげている。けれど千代はかまわずに立ち上がり、母親へ手を振った。
「今日は土曜日やけん、お休みで来てくれたんよ」
爺への挨拶を済ませて母親も、千代を振り返り手を振ろうとして……その手を止めた。
続くにゃー ⇒ http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=42850077
エンコは四国独特の呼び名らしいですよ~
岡山の方だと、エンコーって語尾が伸びるんじゃないかなぁ
こんなメジャーな妖怪? なのに、地域によって呼び名が違うのも面白いですね^^
河童です(´▽`)
エンコは四国限定の呼び名らしいです^^
エンコ様っていう呼び名は四国だけみたいですねぇ
もっとも、あたしくらいの年以降の若い人はそんな呼び名も知らないようです。
河に住んでるはずなのに、鯛を抱えた石像があったりしてなかなか面白いですw
ツベノコ抜かれないように、誘われてもついてっちゃダメなんですよ~vv
話が分割される場合、続きを上にもってくのか
一話目を上にもってくのか、いつも悩みます^^;
どうもありがとー(´▽`)
わしゃあ、都会人じゃけえ、ゴンゴ言うとった(笑)
子供の頃、大阪から岡山の山間部に転校したもんが
読んだら、冒頭部分がリアルに感じるかも知れんのう。
エンコさまにツべノコ(尻子玉)抜かれると、ふぬけになるんですね。
腑抜けということは、内臓の一部を失うこと。
大人の場合は、それで肝や腎を失い、ドザエモンになってしまう。
子どもはエンコさまにツべノコ抜かれても、死なないようなかんじだ。
男の子の場合だと、らんま1/2化するという二次創作物できそ♪
女の子の場合だと、、パラサイト・イブのような怖い話が出来そう。
でも充分楽しめたよん。
遠野物語の現代版みたいで、この雰囲気にとっても惹かれたぁ^^
拙くて恥ずかしいのですが^^;
読んでくださったら嬉しいです~(´▽`)
おお(*^0^*)凄い!
自作小説書かれるのですねー!
早速、拝見させて頂きますー♪